なないろのゆり - SS:エリアマネージャー

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SS:エリアマネージャー

奈々の働く支店には、一ヶ月に3~4回くらい様子を見に来るエリアマネージャーがいる。
主に女性をターゲットにした小物雑貨の卸しが業務の会社なので、当然のように女性社員が多いのだけれども、支店長の上司にあたるエリアマネージャーという管理職に女性がつくというのはそれほど当たり前のことでもない。
その中にあってさらにこの地区を担当する静絵というマネージャーはひときわ異彩を放つ存在だった。
管理職をしている女性というと厳しくて強気なステレオタイプがあるようなところで、静絵はその正反対の癒し系といえるタイプなのだ。

入社してそろそろ3年という奈々が研修の時などで別エリアの同僚たちと仕事の話をして知ったところ、他のマネージャーたちは厳しく一般社員を管理していると聞くのに、静絵のやり方はそれに比べればほとんど放任にも近くて、部下の起こした失敗を謝りに行くことが仕事なんじゃないかと思うようなものだった。
周囲はそんな奈々の状況をいいねとうらやましがったりもしたが、奈々は言われるたびにそれはそれで大変なんだよ、と笑って返していた。

実際のところ仕事を任されるというのは確かにありがたいところもあるけれど、反対の意味のプレッシャーだってある。なにせ成績が悪かったり何か大きなミスをしたりすると責任は自分だけではなく静絵にも及んでしまうのだ。
真面目な性格をした静絵は部下の問題について本人以上に悩むクセがあり、部下である周囲の方がはらはらして気を遣ってしまうくらいで、いつのまにか静絵に迷惑をかけまいときちんと仕事をするような雰囲気さえ自然に出来上がってしまっていた。

若い男性社員の中には平然と「静絵マネージャーのファンです」なんて本人に向かって言う者もいたが、奈々だって入社間もないころからずっと静絵のことが好きだった。
好きというのは間違いなく尊敬とか憧れとか友情とかとは違っていて、有り体にいうところの「恋愛感情」と言ってもまっったく間違いではない。
ある難しい仕事の案件をこなしている中で、不意ににっこりと視線を合わせて微笑まれた瞬間、奈々は彼女を好きになっていた。
最初は淡い気持ちであったはずが、その時の「にっこり」をもう一度見たいという一心で必死に仕事をしているうちに、どんどん奈々の中で大きく形を変えていっていて、気づけばいつの間にやら抑えきれない危険さを自分の中に感じる瞬間まであった。

だからある日、本社から来た専務が気まぐれに静絵と一緒に出張をしないかと言ってきたときには、これは現実の出来事かと思わず疑ってしまった。大手メーカーが毎年主催している、協力会社を集めた親睦会のようなものだという。

「まあ毎年恒例の若手の顔見せだ。今年あたりこのエリアから誰かと思ってたところでね。君の仕事の都合がつけばだけど、どうかい?」

普段の仕事では気分のムラがあるのであまり得意ではなかった専務だったが、このときばかりはその日気分の気質を喜ぶ気になった。奈々は渾身の力をこめた笑顔で了解の返事をした。

     *****

二泊三日の日程とあって、出発前日ギリギリまでかかって無理やり仕事を終わらせた奈々は寝不足気味の顔で静絵と待ち合わせた駅に着いた。
静絵はかなり心配してくれたが、自分の気合が入りすぎているのを知られるのも恥ずかしくて、ただ寝つきが悪かっただけだと奈々は照れ笑いでごまかした。

招待するメーカーさんもいい仕事をしてくれていて、届いた新幹線のチケットは二人がけシートの隣同士だし、宿泊先は高級ホテルのツインだしで一応仕事とはいえ奈々としてはセッティングに文句のつけようがない。
乗り継ぎを含む長い列車の中では、高くなりすぎるテンションをおさえるのが大変だった。

疲れていたはずではあったがそんなことで終始奈々の機嫌は良く、到着後ミーティングをはさんで行われたパーティーではかなり積極的に他社の担当者さんと交流をすることができた。
翌日の日程もあるので宴は真夜中を迎える前にお開きとなり、だいぶ酔いも回って上機嫌の奈々は手を引かれるように静絵と部屋に戻った。

「ほらー、早くシャワー浴びて」
「いいですよ。どうぞ、静絵マネージャーお先に」
「だめ!そんなことしたら奈々さん先に寝ちゃうでしょ」

多少は静絵にもアルコールが入っているせいか、いつもより口調が親しげなことに奈々は気がついた。促され押し込められるようにシャワールームに入れられ、奈々は脱ぎ捨てるように服を脱ぐと静絵が湯をはってくれていたバスタブに体を沈めた。

     *****

数分くらいした頃か、奈々は肩を揺さぶられて目を覚ました。
バスルームの入り口に鍵を掛け忘れていたらしく、中に入ってきた静絵が心配そうに奈々の顔を覗き込んでいる。入っているお湯のぬるさから判断するに、おそらく湯船につかって数分の間にうとうとと眠ってしまっていたらしい。

「眠い?こんなところで寝たら溺れちゃうじゃない。さっと洗って今日はもう休んで」
「すみません。でも、もう大丈夫です。目が覚めました」
「そんなこと言って。私がいなくなったらまたすぐ寝ちゃいそうなんだもん」

そうかもしれない、と奈々は自分でも少しそう思った。
裸のままの自分と、本気で心配してくれているふうの静絵と、まだ残っている酔いからくる強気もあって、奈々は目をここすりながら静絵の袖口をつかんだ。

「静絵さんも一緒に入りませんか?」
「な、何?いきなり」
「いいじゃないですか。せっかくの機会だし。それに私一人になったらまた寝ちゃうかもしれませんよ」

言い出されたときは戸惑った風だったが、奈々に何度か頼まれると次第に態度が軟化していき、ついには流されるように「しょうがないな」と言って服を脱ぎだした。

「やっぱり、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「なんでですか!社員旅行のときは一緒に温泉に入ったじゃないですか」

もっともそのときは他にも大勢社員がいた上に部屋割りの都合でお互いの入浴した時間もずれていて、会話をするほど近くにいたわけではなかったのだけれども、わざととぼけて奈々は静絵の手を引いた。
ほの橙色の灯りの中で見る静絵の身体は、年下の奈々から見てもうっとりする艶やかな色彩をしていて、ついじっくりと見とれてしまいそうになるくらいだった。

広めのバスタブに向かい合って入ると、奈々はさすがに緊張してきた。それを悟られないうようにいつもよりもおしゃべりに、つい先日社内であった出来事や、今日見かけた個性の強い他会社の人のことなど、わざと明るい話題を続けるのに努めた。
最初は合わせるように相槌をうち、くすくすと笑っていた静絵だったが、しばらくするうちにだんだんと顔が赤くなってきたように奈々には見えた。相変わらずしゃべり続ける奈々に対して静絵は口数が少なくなってゆき、しまいにはぼんやりと上の空のような態度に変わってきた。

「静絵さん?どこか、具合でも…?」
「あ、ご、ごめんなさい。えと、何だっったっけ」
「いえ、話は別に。その、私の話つまらなかったですか?うるさかったとか」
「そんな!そういうんじゃなくって」

何か言い訳を言おうとしたらしかったけれどもうまく言葉にできなかったようで、静絵はいきなり「ごめんなさい!」と言って湯船から立ち上がりかけた。
だけども途中で話題つくりに奈々が入れた、備え付けのソープのせいもあって機敏に立ち上がるというわけにはいかず、足を滑らせかけて小さな悲鳴をあげかけたところを背後から奈々に支えられる格好になった。

「大丈夫ですか?静絵さん」
「えっ、と。あの…」

バスタブのふちを必死につかむ手が、もう滑る危険もないのに妙に力が込められているのが奈々の目に映った。奈々は自分の肌に重なった相手の肌の感触にふっとつないでいた気持ちの糸が切れたようになって、思わず相手の両脇の間に差し入れていた腕をぐっと回して抱きすくめた。

「静絵さん、すきです」
「っ!」

どうしよう、言っちゃったよ、と言ってから奈々は思った。今更湯にあたったかのように、目の前がぐらぐらと回り始める。後ろから身体を重ねている相手に回している腕の、手のひらを開いて触れなおすとふんわりとした乳房の感触があった。
軽く静絵の身体が震えているのがわかって、奈々は濡れた髪の毛を顎でかきわけるようにして、首筋にゆっくり唇を吸い付かせた。
それからなるべくあせらないように胸元を撫でたあとで、ゆっくりと利き手を胸からわき腹、太腿へと滑らせていかせようとしたのだけれど。
下腹部に触れそうになったところで「やめて!」とやや強い力で奈々は肩口を押しのけらせた。

バスタブにお互い半身をつからせたまま向かい合うと、静絵は自分の身体を抱えるように小さくなってじっと奈々を戸惑った表情で見つめた。
おびえたような相手を見て、奈々はしまった、と調子に乗りすぎてしまったことを後悔した。

「すみませんでした。静絵さん」
「なんで?どうしてこんなことするの?」

大きな瞳でまっすぐ奈々を見つめたまま、静絵は涙を流し始めた。先ほどからの震えも興奮から大きくなってきたようで、一つ大きく息を吐くと静絵は両手のひらで自分の顔を覆った。
打ちのめされたようになって言葉を失っていた奈々は、もう一度「すみません」と吐き出すように言った。

「でも悪ふざけ、とかじゃないんです。本当に、ずっと前から私、静絵さんのことがすきで。だから、その…」

なんと言ってお詫びをすればいいかわからず、奈々はしばらくうつむいて静絵のしゃくりあげる声を聞いていた。居たたまれなくなって立ち上がりかけたところで、奈々は急に自分の腕をつかんで引き戻されたのがわかった。

「ど、ど、ど。どうしたらいいの、私」
「えっ?!」
「だって、わ、私は。だから、マネージャー、だし。でも、だって。だから、その…」

うまく話せないのは涙と興奮で呼吸がうまくいってないせいとしても、話がつながらないのは静絵が混乱をしているせいなんだろうと奈々は思った。
立ち上がりかけた腰を戻すと、相手を怖がらせないようにそっと頬に手のひらを触れさせてみた。
泣きはらした目をしても、やっぱりきれいな人だなと奈々は思った。

「こんなのって、でも。わかんないの。困るの。どうしていいの?」
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」

固く握った手を開かせるようにして、奈々は胸元に相手の身体を引き寄せた。寄りかからせるようにして抱きとめると、静絵の乱れていた呼吸が少しずつ和らいできたのが首筋に感じられた。

「いいんです。静絵さんは、それで」
「でも、私は」
「静絵さんがこんなに混乱してくれるのは、少しでも私のことが気になっていてくれたからですよね?」

はー、はー、と息を整えてから、「うん」と静かな返事があった。
きっと静絵にとっては、自分の気持ちそのものがそれまでの自分が経験してきた感情の領域をはみ出すものだったんだろう。
もともと素直で真面目な静絵のこと、手に余る状況にいきなり直面してちょっとしたパニックになってしまったんじゃないかと奈々は推測する。

抱きついた姿勢のまま背中を数度撫でると、それまで遠慮がちにしていた体の重みを少しずつ奈々に預け始めてきてくれた。

「キスしますよ」
「うん」

顎に指先を添えて上を向かせると、ぐっと結んでいた唇の力をといてくれたのが見えた。ゆっくりと時間をかけてキスをしながら、奈々はやっと静絵の「エリア」の中に入り込めたような気もした。

【Fin.】

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