なないろのゆり - SS:雷鳴とアラーム

Home > SS:雷鳴とアラーム

SS:雷鳴とアラーム

そろそろ帰るね、と言われる時が優菜は何より嫌いだった。
会って、だらだらと他愛もない話しをしばらくして、ころあいを見てセックスをして、夜になる前にベッドから立ち上がって服を着始める。
まるでありきたりでつまらない不倫のような流れだがそうではない。
相手は同じ女性である砂耶、年齢は優菜より7つ下の女子高生である。

出会ったのは今から数ヶ月ほど前、遅い帰り道を優菜が一人で歩いていたところ、道端にうずくまるようにしていたのが砂耶だった。
小雨の降る季節にしては寒い夜にしっとりと濡れた髪に顔を隠してうつむいていて、普段であれば他の人のように見なかったふりをして通り過ぎるはずの優菜に気まぐれに声をかさせた。
声に顔をあげた砂耶がうつろな瞳を優菜に合わせた瞬間から始まった関係だった。
砂耶の着ていた有名私立校の制服はよほど仕立てがよいのだろう、降りかかる雨粒を芸術的なほどきれいに弾いていて、染み込む前の水滴を巧みに地面へと滑り落としていた。そのせいで逆に、無防備な姿で雨ざらしになっている砂耶の髪や顔がひどく寂しげな印象として残った。

ほとんど会話らしいものもないまま近くの優菜の家まで連れていくと、ひどく慣れた手つきで砂耶は着ていたものをきちんと脱いでたたみ、促されるよりも早く優菜のベッドに潜り込んだ。
予想をしていなかった展開に、優菜はどうしていいかわからず戸惑ったが、その夜は結局横になることはなく、狭いキッチンのテーブルで考え事をしながら朝まで過ごした。
明け方になり、音もなく立ち上がった優菜は同じように手早く身支度を整えると、キッチンテーブルについたままの優菜を見つけて足元にひざまずいた。

近づきたがっているふうな雰囲気を察して、「おいで」と優菜が一言かけると砂耶は座った優菜の膝の上に自分の頭を乗せた。
乾ききらずにまだ少し湿ったままの長い髪の毛を撫でると、小さな声で「また来てもいい?」かと尋ねる声がした。
連絡先を交換して約一週間の後、優菜は二度目の訪問を受けた。
女性と寝たのはその時が初めてだったが、砂耶とは意外なほど違和感なく楽しむことができた。

     *****

携帯で交わすメールや電話のほとんどは会うための約束をとりつけるための事務的なもので、部屋に来てからする会話もいきなりセックスをしてもつまらないという理由だけでする時間つぶしのようなものだった。
お互いのことを積極的に知り合おうとするコミュニケーションはほとんど全くない。
傍から見れば不毛な関係の作り方なのだろうが、お互いにとってはそれはそれでそれほど不毛でもなかった。

優菜は長く時間をかけて相手をいかせたあとで、隣に横になる砂耶に腕を回されるのが好きだった。
雨の日はきまってずぶ濡れてくる砂耶を、玄関先でタオルで包んで迎えるのも好きだった。
一緒にいる間、特にこれといって盛り上がるわけではなかったけれども、かといって身体を重ね終えたらさっさと帰るというわけでもなくて、会話もないままぴったりくっついたままでいるという時間は、不思議に優菜の心を落ち着かせた。

だから設定した砂耶の携帯アラーム音が鳴って、手際よく身支度をして玄関に向かう背中を見ると、優菜はたまらなく切ない気持ちになった。
大げさかもしれないが、砂耶に行かれてしまったら世界にたった一人で取り残されてしまうんじゃないかというくらいの怖さのある孤独感だった。

そろそろ帰るね、と言う砂耶は果たしてこの取り残される気持ちを少しでもわかっているんだろうかと優菜は考えた。
だけども相手は高校生なのだろうし、逆の立場になるようこちらから家におしかけることもできない。
年上である自分の方が一方的に我慢を強いられるのは不公平な気もしたが、打開策があるわけでもないということも十分わかっていた。

早くて翌日、長くても一週間ほどで次の連絡が入る。
そう強く思い込みながら背中を見送りでもしなければ、扉が閉じた瞬間にも身体が内側から裂けてしまいそうにも思えた。

     *

ある曇り空の広がる夕方、いつものようにセックスを終えて二人は仰向けになって天井を眺めていた。
遠くで雷の音が聞こえて、ひんやりしてきたなと優菜が毛布を肩にかけなおそうとしたところで、窓に大粒の雨が当たり始めた。
パラパラと、足早に駆け過ぎるような音が屋根をなぞっていったのを聞いていると、いつものアラーム音が近くのテーブルの上に置いた砂耶の携帯から鳴り出した。

2分弱ほどの音楽が鳴り終わると、ゆっくりと砂耶は上半身をベッドから起こした。
来たときから少しだけ具合が悪いとは言っていたが、上体を起こしてからもしばらく膝を抱えたまま動かないでいた。
突然、大きく雷光が瞬いてごく近いところに衝撃が落ちた。

優菜が何か言いかける前に、砂耶は再び毛布に身体を潜らせ背中を向けた格好で身体を丸めた。

「起きないの?」
「いいや」
「いいって。帰らないと心配されるんじゃないの?」
「今日はいい」

口調は静かだったが駄々をこねるように、砂耶は身体の向きを変えた。向かい合わせになると優菜の肩口に頭を乗せるように寄り添った。
その間も雨と雷はやむこともなく、触れるほど近くにいても相手の声が聞こえないほどの激しさになってきた。

「…失敗したと思ってるでしょ」
「ごめん。何?」
「いなくなればいいって」

ピカっと目のくらむような光があり、いつまでも尾を引くような雷鳴が続いた。
優菜は身体をずらすと、砂耶と正面から顔を付き合わせた。

「それ、自分のこと言ってるの?なんで?」
「別に。たぶんそう思ってるんじゃないかって思っただけ」
「どうしてそんなふうに考えるの?」
「違うの?」

なんと言っていいかわからずに、優菜は黙って砂耶の肩を抱きしめた。もともとほとんど会話のない間であったから、どういう言葉が嬉しくて、何に傷ついているかわからない。
慣れたように身体の重みを優菜に預け、砂耶が小さくため息をついたのが聞こえた。

「帰りたくない」
「雨がやむまで、いればいいよ」
「やんでも、帰りたくない」

目を閉じると生ぬるい相手の体温に、流されるように深く眠ってしまいそうだった。

「優菜、私が帰るときの気持ちなんて考えたことないでしょ」
「うん?」
「私が、どんな気持ちでいつもここから帰っていってたかなんて、わからないでしょ」

平坦に冷たく砂耶は言った。
言葉とは反対に、甘えるようにしたキスはひどく柔らかくて温かかった。

本当のタイムリミットを知らせる、二度目のアラームが部屋の中に鳴り響いた。
降り続く激しい雨の音のせいで聞こえなかったことにして、優菜は長いキスをしながら再び砂耶の身体に腕を強く絡めた。

【Fin.】

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加

Return to page top