なないろのゆり - SS:答えのない答え

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SS:答えのない答え

彼女はとても
口が悪い
性格が悪い
態度も悪い

だけどとても
才能がある
それは間違いない

打ち上げが終わり、解散してから小一時間くらいしたころだろうか。
彼女—–亜里沙と一緒に消えたはずの男友達からいきなり着信があった。
やばいよ、知らねえからな、と電話口の向こうはひどく慌てていて要領を得ない。
奈央は通話が切れるよりも先に再び出かける準備をしていた。

ガールズバンド、というと和気藹々と楽しくやっているようなイメージがあるかもしれないが、内情は同性である分複雑な人間関係がある。
それがメンバー内に才能の差があるときはなおさらだ。

奈央は某地方出身者で、音楽でのプロを目指して上京をしてきて3年になる。
地元近隣の仲間では実力(や気持ち)に差がありすぎたので、本気で音楽に打ち込むための仲間を探したいと思い続けてきた。
運が良かったのだろう、その願いはすぐにかなった。今自分をリーダーとして組んでいるバンドは、徐々にながら順調に名前が売れ始めてきている。

だけどもそれをみな平等に努力をしてきた結果、とは言うのはきっと間違っているのだろう。
なぜならバンドの人気は、ある一人のメンバーが加入してきてからぐっと上がったものだからだ。
当初のメンバーを押しのけるように途中加入してきたメンバー、亜里沙である。

亜里沙は小柄ながら居るだけで不思議に存在感のある女の子だった。
ルックスも良く、声量、声質、パフォーマンスのどれも他の素人ボーカルとはかけ離れた実力をしている。
作曲や作詞のスピードも尋常ではないほど速く、レベルも高かった。

正直、同じく作曲作詞を自己流ながら手がけてきた奈央にとって、亜里沙の存在はありがたいと思う反面大きなショックだった。
ただ問題だったのは亜里沙はそんなその自分の実力をはっきり自覚しており、また物事を必要以上にはっきりと口に出してしまう性格をしていたことだ。
そのため何度もメンバーと殴り合い寸前の険悪な雰囲気となり、当初5人であったメンバーも奈央を含めて3人にまで減ってしまった。

何がリーダーだ、と奈央は何度も自分のふがいなさを責めたが、今までバンドそのものを解散しようとは思わなかった。それはきっと亜里沙が、一度別れてしまったら二度と出会うことのできない種類の人間だということを知っていたからだと思う。

一人暮らしをしている亜里沙のアパートの前に着くと、玄関の扉が何かに引っかかったらしく半開きになっていた。
電気はついていなかったが、中に一人でいることはなぜかすぐにわかった。
奈央は一つ大きなため息をつくと、意を決してノブに手をかけた。

「亜里沙。いるんでしょ。入るからね」

部屋に体を押し入れると、きちんと内側から鍵を閉める。
そんなことはないとは思ったが、余計な邪魔に入り込んできてもらいたくなかった。

「あんた、自分で男呼び込んでおいてまた暴れたね。いい加減にしてよ」

こういうことは今まで何度もあった。大概の場合、打ち上げの席で知り合った他のバンドの男に言い寄られた亜里沙がそのまま二人で消えてしまったあとに起こる。
飲み会の席では周りが引くくらいに言い寄る男とベタベタしておいて、いざ二人きりになると突然キレたようになって口汚く罵ったり物を投げつけたりしてくるらしい。
これまでよく新聞沙汰にならなかったものだ、と奈央は思った。

暗いワンルームに夜のネオンライトが漏れさしていて、散らかった部屋の片隅に小さく膝を抱えた亜里沙の姿が見えた。
不思議と言えば不思議だが、奈央は亜里沙から噂に聞くような暴力は受けたことがなかった。ただ、普段は強気な亜里沙がこの瞬間だけはひどく弱々しく、透けて消えてしまいそうにさえ思えるのだった。

奈央は勝手知ったるクローゼットを開くと、ブランケットを広げて亜里沙の肩にかけた。

「落ち着いてるみたいだね。ま、今夜はゆっくり休んどいて…明日の練習には来て」

身じろぎ一つしなかった亜里沙だったが、再び奈央が「亜里沙?」と呼びかけると微かに頷いた。

どうしてそのときは、そんな気持ちになったかはよくわからない。
それまでも何度かこういうことはあったが、ここまでしたらそっと立ち去るのがいつものパターンだったからだ。
左側だけ乱れていた亜里沙の髪を直そうと指を滑らせたあと、流されるように奈央は相手の体を抱きしめていた。

抱きしめた瞬間にはほんの数秒で離れるつもりだった。だけども一度腕を回してしまうとひどく離れがたくて、おそらく数分はそうしていたのではないかと思う。

しばらくしてはっと我に返ると、奈央は慌てて体を退かせた。
いつもの亜里沙のように「何考えてんの?」と冷たく言ってくるのではないかと思うと怖くて、飛ぶようにして立ち上がると玄関に向かう体勢をとった。

「それじゃ!そういうことで」

逃げるように背中を向けた奈央だったが、一歩と進まないうちに腕に引き戻される力を感じた。
振り向くと同時に、正面から亜里沙に抱きしめられていた。

「……いで」
「な、何?」
「……で、って言ってるの」

泣いているわけでもないのに、相手の声は震えていた。
掠れて消え入りそうな声音だったが、次第にその意味するところを理解することができるようになる。

「帰らないで。ここにいて」

声だけでなく亜里沙の足元も小刻みに震えていて、いくらもしないうちに崩れ落ちるように膝を落とした。
座っているのもやっとのようだったので、奈央はゆっくりと亜里沙の体を横たわせた。沿うようにして自分の体を寄せると、額がつくほどの距離で顔を見合わせる形になった。

じっと見詰め合っているうちに逆らい難い気持がこみ上げてくるようで、奈央はゆっくり唇を寄せた。意外なほどに素直に、亜里沙が目を閉じて自分の唇を差し出したのがわかった。

何度も唇を絡ませるようにキスを繰り返した。
繰り返すたびに聞こえてくる、透き通った亜里沙の声が奈央には心地よかった。

「ずっと」
「ん?」
「邪魔だった。いなくなって欲しかった。嫌で、嫌で」

奈央がキスの場所を唇から耳元に移すと、ピク、と亜里沙の反応があった。
きっとその「邪魔」は私のことかもしれない。
だけども同時に私ではなく、彼女自身のことかも。
そうでなければ…

亜里沙が激しく興奮をするような息遣いになったのがわかって、奈央は再び唇を重ねた。
先のことはあまり考えていなかった。
ただ目の前の彼女のことがいとおしいと、それだけの気持ちしかなかった。

彼女はとても
純粋で
傷つきやすくて
だけども素直じゃない

高慢なはずの亜里沙がときに作詞の中に見せていた、自傷的ギリギリな鋭い言葉の数々が奈央の頭をよぎった。

【Fin】

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