なないろのゆり - SS:一つの嘘から始まること

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SS:一つの嘘から始まること

こんな簡単に騙されるなよ。
夕暮れの公園の中、自分の隣のブランコに腰掛けながら、うっすら涙を浮かべて自分を見る相手に優は思った。

「優ちゃん、気付けなくてごめんね。もう大丈夫だよ。これからは私がそばにいるからね」

優より3歳年上の麻美は高校生で、近所でも有名な私立校の制服が大人びた雰囲気に見せる。
途中までは軽く重ねた手をさするくらいだったが、話が終わると感極まったように立ち上がると強く優の体を抱きしめた。

最初は他愛もない嘘のつもりだった。
だけども麻美があまりにも真剣に話を聞いてくるものだから、ついつい調子にのってしまったのだ。

昔から早熟な子供だった優にとって、同年代の友達との関係は幼くて退屈なものだった。
誘われても輪に加わらず、一人ぽつんと本を読んだりしていたのはそうする方が好きだったからだ。
その日もいつもと同じように公園の片隅で一人ぼっちでいたところ、突然ある高校生に声をかけられた。
それが麻美との最初の出会いだった。

どうして一人でいるのかと尋ねらたとき、優には麻美が自分に対して同情したいのだろうなと思った。だから適当な事情をでっちあげた。例えば他に女がいて留守がちな父親だったり、精神的に不安定な母親などなど。実際には存在しないこともその気になって話しているうちに本当のことのようにも思えてくる。
本当のことなんて退屈でつまらない。次第に回数を重ねていくうち会っている時間だけはいつもの自分ではない別の人間になれたようで、優は楽しかった。

その日、麻美は学校で行事があるとかで、いつもより来るのが遅くなるは聞いていた。
だけども優はたまたまその日嫌なことがあって、半ば八つ当たりのように麻美を無理やり呼び出すようなメッセージを携帯に残した。

公園から小さな子供たちが引き上げた夕暮れ時になってようやく到着した麻美に対して、優は大げさに怒った態度を見せた。

「麻美さんにとって、私なんてどうでもいい人間なんでしょ! パパやママと同じじゃない」
「違うよ。本当に私は優ちゃんのこと大事に思ってるんだよ」

到着を待っている間、優がずっと考えていたのは自分がいない場所で楽しそうにしている麻美の姿だった。それまではそんなことを考えもしなかったはずなのに、どういうわけか急に麻美が自分以外の人と仲良く過ごしているかと思うとたまらない気持ちになった。

もっと過激な話をすれば、麻美は自分以外のことを考えなくなるかもしれない。そう思って必死に嘘の話を頭の中で作り上げた。

自分には好きでもない彼氏がいる、と言った。
その人はすごく年上で、自分のことを大事してくれる人じゃない。
しばらく前、すごく嫌だったけど「やりたい」と言われて、怖くて断れなかった。
一度やったら、それから何度も同じことをさせられるようになった。
親はもともと自分には興味がないみたいだし、叱られるだろうから相談ができない。

本当は中学二年の優にはまだ経験なんてないし、彼氏と呼べるような人もいない。
もし疑われて細かい部分を突っ込まれたらすぐにばれるような薄っぺらな嘘話だ。
だけども麻美はいくつかあっただろう矛盾点にも一切触れようともせず、黙って優の話が終わるまで聞いていた。

こんなにも簡単に騙すことができてしまったことに、優はむしろ戸惑っていた。
自分を抱きしめる力が強くなり、耳元の麻美の息遣いがすすり泣くようになったのがわかった。

「辛いよね。好きでもない人になんて、触れられたくなんてないよね」
「う、うん」

自分からも腕を相手の背中に回すと、密着した体の距離が心地よかった。
ずっとこのまま、麻美が自分だけをこうして抱きしめてくれていたらどんなにいいだろう、とそんなことを考えた。

「麻美さんは……私のことが好き?」
「もちろん!優ちゃんのこと、私は大好きだよ」
「私のこと、他の人と違って『特別』って思ってくれる」
「うん。特別だよ。すごく」
「ふぅん。それじゃあ…」

言いかけて、少し臆した。
そのためらいを自分への不信へと勘違いしたのか、麻美は一旦体を離すと、優と顔を見合わせた。

「何か、私にできることがあるの?あるなら言って」
「う…ん。でも、やっぱり。いいよ。麻美さんに悪いし」
「悪いことなんて!秘密を話してくれたじゃない。遠慮なんてしないで」

ようやく口に出した優の声は消え入りそうなもので、麻美は聞きなおしながらもっと近くに顔を寄せた。

「私のこと、好きなら」
「うん」
「キスしてくれる?」

もし嫌悪感を示されるようなら、「試すつもりだった」といくらでも言い逃れはできる。打算がなかったわけではないが、やはりはっきり意思表示するには激しい緊張が伴った。
数秒の間があったが、優は麻美の顔を見ることができなかった。

「いいよ」
「えっ?」
「でも、誤解しないでね」

どういう意味?と優が聞き返すよりも先に、麻美の柔らかい唇にふさがれていた。
辺りはすっかり暗くなり始めていて、薄闇の中麻美の肩越しに見える遠くの街灯が眩しく思えた。

離れ際、カタカタと麻美の口元が震えた音を聞いた気がした。

「本当は、こんな形じゃなくて…」
「こん…な?」
「ううん。でも、優ちゃんがいいなら」

なんとなく引っかかる言い方に優が詰め寄ろうとすると、麻美は急に立ち上がって公園の出口へ向かい出した。
慌てた優が追いかけると、往来に出る前に捕まえることができた。

「何?嫌なんだったら、はっきりそう言えばよかったのに。そんなふうにされても全然嬉しくないよ、私」
「嫌なんかじゃないよ。嫌なわけないじゃない」
「じゃあその態度はどうして?なんで逃げるみたいにすんの?」

そむけようとする顔を見ようと優が相手の両手首を掴んで自分を向かせると、麻美の今にも泣き出しそうな表情があった。

「優ちゃん。私、優ちゃんのことが…」
「麻美さん。ご、ごめんなさい。私、その」
「ううん。優ちゃんは、謝らないで」

優に両手を掴まれたまま、麻美はうつむいて泣き出した。
こらえ切れないものが溢れ出たような、押し殺した泣き方はこれまで優の見たことのない種類のものだった。

どうしていいかわからなくて、優は麻美の手首を離すとぎこちなく抱きしめた。
自分の肩を湿らせていく涙が、重くのしかかってくるかのようだった。

少し落ち着いた頃を見計らって、今度は優から麻美にキスをした。

キスはやり慣れていないせいで、本当は優しく気持ちを伝えたいはずなのに悲しいくらいに下手な仕草になり、まるで彼女に対して重ねる最後の嘘のようにも思え、優はひどく切なかった。

【Fin】

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