なないろのゆり - SS:三時、二人、一緒に

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SS:三時、二人、一緒に

壁の時計を見上げると、午前三時丁度を差していた。
望乃(のの)は大きなあくびをしながら体を伸ばすと、そのまま背後のカーペットに仰向けに倒れこんだ。

「嘘!望乃の分もう終わったの?」
「終わらないけど、もう限界。これ以上は今やってもだめー」

邑佳(ゆうか)は望乃のパソコンの画面を自分の方に向けて中身をのぞいた。分担をして作成をしていた途中のレポートは、終わってはいないまでも8割方できていて、あとはまとめ仕上げをきちんとすればそれなりのものは出来上がりそうになっていた。
邑佳も望乃と同じように天井に近い壁に掲げてある時計を見上げると、うーんと肩を伸ばして首を回す。

「確かにね。私の方もあとちょっとだし。締め切りまであと3日あるんだし、今日はこれくらいにしよっか」
「やったー。それじゃ寝よ寝よ」

言うが早いか、望乃は身体を起こすと背後にあったベッドにもぐりこんだ。残された邑佳は慌てて今にも眠り込みそうな望乃の肩を揺さぶった。

「ちょっと!そのベッドで望乃が寝ちゃったら私はどうすればいいの」
「えーだって今から布団敷くのとか面倒だし。邑佳も寝るの?」
「当たり前でしょ。私だって頑張ったんだから寝る権利くらいあるわよ」

目を開くのも億劫そうに、望乃はベッドの中の自分の身体を奥の方にずらした。何それ、と邑佳が聞き返そうとする前に望乃は「電気消してから来てね」と言って枕に頭を埋めた。
邑佳はやれやれ、とため息をつきながらもパソコンと部屋の灯りを落として望乃のいるベッドの隣に入り込んだ。

課題のレポートを一緒にやろうと言い出したのは望乃の方だった。邑佳には最初からある程度予想はできていたが、やっぱり締め切り間近になって担当の分がまとまらないと泣きつかれた。
一人だとどうしてもさぼってしまいそうになるというので、それなら二人で徹夜でもして仕上げようと邑佳は望乃の家に泊まりに来たのだった。
入学して以来妙に気があって、一番の友達として学校生活を送ってきたが、泊まりで二人過ごすのは今日が初めてのことだった。

壁側の望乃は邑佳に背中を向ける形で、後から入った邑佳はそんな望乃の方を向いたまま少し身体を丸めるようにして寄り添う。
数分が経った頃、真っ暗闇の中で邑佳は望乃に声をかけた。

「望乃、もう寝た?」
「ううん。なんか、いざ寝ようとすると目がさえちゃったみたいで」

と言いつつも、望乃は背中を向けたままの体勢は動かさなかった。自分で誘ってはみたものの、普段一人使いのベッドはやはり二人には狭くて、振り向いたらきっと近すぎる距離になるだろう相手のことが少し恥ずかしかった。
三時から始まった時計の音がコツコツと鳴り響き、暗いことと疲れていることと、真夜中であることもあって、望乃は不思議に何かいつもとは違う気持ちがこみ上げてきていた。

「あのさ。ありがとうね、邑佳」
「何よ。突然」
「私さ、ほらこういう性格でしょ。ずぼらっていうか適当っていうか。だから邑佳みたいなしっかりした人が友達になってくれて、本当に嬉しいんだ」

あ、でもだから仕事押し付けたいとかそういうんじゃなくてさ、と気を遣った言い訳も付け足したが、意外なことに邑佳の返事はなかった。えーと、と望乃は気まずい沈黙を破るための次の言葉を探す。

「このまま、ずっと一緒だといいな」
「な、な、何よ。それ」
「この先もずっと、邑佳が私の友達だったらいいなーって。思ったからさ」

邑佳もそう思ってくれてるかな、と何となく気持ちよくなりながら望乃は背中を向けたまま微笑んでいた。
また少し沈黙の間があって、だけども何の返答もないことが気になり初めた頃、そっと背中にあたたかい手のひらが自分の背中に添えられたのが望乃にはわかった。

「ねえ、望乃」
「何?」
「もしさ、私に彼氏ができたらどうする?」

ぎく、と急に冷水でも浴びたような冷たさが突き抜けて、それと同時に背中に触れていた相手の手のひらが自分から離れたのを望乃は感じた。

「彼?そうなの?誰かいるの?」
「うん……。一昨日にね、隣のクラスの…付き合わないかって」

誰?と尋ねると出てきたのは望乃も知っている男子生徒の名前だった。明るくて、話も面白くて、反対する理由も特に見つからないような人だった。

「へぇ。なんだ、邑佳もてるんじゃん。気づかなかった」
「でも、返事とかまだ…」
「私のことなら、気にしなくてもいいって。でも、いつ邑佳のこと好きになったんだろ。ふぅん。へえぇ」

動揺はしていたけど、ここで妙な態度は取れないな、と望乃は必死に気持ちを抑えた。とてもとても混乱をして、それを祝福していいのかそれとも責めたらいいのかさっぱりわからなかった。ただ、表現のしようがない詰まったものが喉と胸の間のあたりを圧迫しているのを感じていた。

「でも、付き合っちゃったら、こんなふうに泊まってレポートとか、もうできないかな」
「ん……」
「ちょ、否定、してよ!」

それ以上は望乃は何も言えなかった。どうしようもなく混乱する頭をまとめようとしているうちに、気がついたら眠ってしまっていた。

     *****

次の朝になって、その「彼氏」についての会話はしなかった。お互いその会話はなかったかのように当たり障りのない会話だけをして、そのままごく普通を装いながら学校に行った。
学校に着くと他の友達にも囲まれて、お互いに徹夜明けで疲れたとかそんな適当な会話をして、昨日と同じ日常が始まった。

明らかに睡眠時間の足りない頭で、ぼんやりと授業を聞きながら望乃は考え事をした。
頬杖をつきながら窓の外を見るとグラウンドでは別のクラスが体育の授業をしていて、その男子生徒の中に夜の会話に出てきた一人も混じっていた。
楽しげに他の男子とふざけあっている様子を遠目に見ているうちに、妙にいらいらとこみ上げるような気持ちを感じ始めた。
ほんの昨日までは廊下ですれ違っても何も思わないような相手だったのに、今はその笑顔を見るだけで憎しみに似たような気持ちになっている。

急に先生の声が大きくなった授業にはっと気持ちが戻り、望乃は慌てて数ページ遅れた教科書をはぐった。
どうしてだろう、と望乃は自分に問いかけた。
邑佳はかわいいし性格もいいし、好きになる男子がいたって全然不思議じゃない。
むしろ邑佳を選ぶ目を持っていた相手のことを褒めたっていいはずだ。

自分がこんなに苦しいのは、邑佳に先を越されたと思っているからだろうか。
自分のものだと思っていた邑佳が、別の人を大事にするかもしれないからだろうか。
うらやましいからだろうか。
女として自分が負けたような気がするからだろうか。

考えても考えても、望乃にはわからなかった。
そのどれも当たっているような気もしたけれども、そのどれも自分の本音にぴったり合っているとも思えなかった。

結局その日はそのあと望乃は邑佳と何を話すというわけでもなく、中途半端なレポートのことにも触れずに早めに家に帰った。
眠すぎて部屋に着くなり倒れこんだベッドで枕を引き寄せると、微かに邑佳の髪の残り香がした。

     *****

二日後、望乃は一人で公園にいた。
丘の上のブランコに座って、だらだらと身体を揺らしている。
いつもは賑やかなこの場所も珍しく子供の影もなく、昼下がりの穏やかな日差しがおどけた顔をした玩具たちを柔らかく照らしていた。

邑佳は何も悪くない、とわかってはいたけれども、あれ以来どうしても望乃にはそれまでと同じような会話ができなかった。
目を合わせるのも何となくためらわれて、何とごまかしてはいたけれども周囲の友達にも自分の態度がばれるのも時間の問題のようにも思えた。
つくづく、態度に嘘のつけない自分の不器用さがうっとおしかった。

邑佳が本当に彼氏と付き合いだして、自分がこんなままだったら、きっといろいろ回りも邑佳も気を遣うことになってしまうんだろうな、と思った。
ひがみ心で友達関係を解消する自分のことをよく言わない人も出てくるだろうし、それを聞いたら邑佳もきっと傷つくんだろうな、とも思った。
祝福をしなきゃいけないんだろうな、と思う。
望乃は背もたれのあるブランコの椅子の上で自分の膝を抱えた。

ここは祝福するところだよね。
邑佳が少しでも幸せになる手伝いをしなきゃ。

そう自分に言い聞かせるものの、なぜか考えるほど自分の気持ちが落ち込んでいくようにも思える。
望乃は膝を抱えたままちらりと公園の時計台を見上げた。
見ると文字盤は三時直前を指していて、カチ、と分針が動くと同時に賑やかに回り踊る人形の登場する音楽が鳴り出した。

「いた!こんなところに」
「えっ!邑佳?なんで?」
「なんでじゃないわよ。レポートは?!明日締め切りでしょ」

駆け出して自分のそばに来る邑佳にたじろぎながら、望乃はブランコから飛び降りた。
息を切らして近づく邑佳に携帯は?と聞かれて取り出してみると、10回近く邑佳からの不在着信があることに気がつく。

「ごめん」
「全く。あんまり心配させないでよ」

あっけらかんとため息をつく邑佳に、くす、と望乃は笑った。
何がおかしいの?と聞かれたけれども望乃はよくわからないまま笑いが止まらなかった。

「邑佳。邑佳ってかわいいよね」
「な、何よ。また急に」
「ううん。それならそれでいいのかなって」

置いていたカバンをとると、望乃は公園の出口に向かって歩き出した。待って、と呼び止められて立ち止まると、邑佳が強く望乃の腕を握ってきた。

「望乃。何か悩んでるんでしょ?」
「悩みって…ほどのものじゃないよ。全然」
「私が、この前彼氏とかの話をしたから?そうなの?」

そうだけど、もういいよ。と望乃は言った。再び公園の出口に向かいかけたところを、同じように邑佳は引き止める。

「あのね!望乃。私、望乃に言いたいことがあるの」
「私に?あ、うん。いいけど」
「ものすごく正直に言うから、怒らないで聞いてね!」
「うん。多分」
「否定もしないでね」
「否定?じゃ、うん」
「あ、あのね!」

ぐっと、自分の腕を握る相手の手に強い力が込められたのがわかった。
真剣な様子の邑佳の顔は、ものすごく望乃の近い場所にあった。

「あなたは、私のことが好きなの!」

きょとん、と望乃は目を丸くした。
最初、何を言われたのかよく意味がわからなかった。
えっと、と言いかけたところを畳み掛けるように続きを言われる。

「望乃は、私のことが好きなのよ。だから悔しいの。そうでしょ!」
「ちょっと!何で、そう…なるの?何っていうか、違うくない?」
「違うって?」
「告白って、普通逆でしょ?!何で邑佳が私の気持ち言ってるの!」

あ、と今気がついたように邑佳が自分の口元を押さえた。
何それ、と呆れて望乃が言うと、邑佳は思い出したように顔を真っ赤にした。

「告白?」
「告白、だと思うけど」

三時の音楽は鳴り止み、人形たちは元の場所へと引っ込む。
しん、といつにも増して静かに感じる公園に取り残されたようになった二人は、黙ってうつむきあう。
しばらくして、口に出したお互いの名前は、ほとんど完全に一緒のタイミングだった。

「あのね、さっき。断ってきたの」
「断る?」
「私には、好きな人がいるから、やっぱり付き合えないって」

腕を握っていた手を少し下ろして、邑佳は望乃の指先に触れた。
熱いと感じるほどの温かさがあり、微かに震えているようでもあったその指を望乃は握り返した。

「何て、言うんだろ。こういうとき」
「…また私に言わせるの?」

望乃はぎゅっと、邑佳のことを抱きしめた。
指先と同じくらいに触れた邑佳の耳元は熱くて、そこへ囁くように望乃は唇をあてた。

「ありがと、邑佳。教えてくれて」

未完成のレポートの最後の文章を書いたら、またもう少し話をしようねと言って、望乃は邑佳の手をとって今度こそ本当に公園の出口に向かった。

【Fin.】

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