なないろのゆり - SS:シークレットウインドウ

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SS:シークレットウインドウ

 蓮乃(れの)が部活の居残り練習が終えて部室に引き上げようと空を見上げると、遠いビルの隙間にちょうど夕日が落ち始めたところだった。もう数十分としないうちにあたりは真っ暗になってしまうだろう。いつもは数人の部員仲間と一緒に最後の後始末をするのだが、今日に限ってはみな用事がある言ってと抜けていき、結局後片付けは最後に残った蓮乃一人ですることになってしまっていた。

 小走りにグラウンドから戻ってきた蓮乃は、ふと行きかけた足を数歩戻らせて校舎の隙間にある通路を覗き込んだ。そこはほんの人一人ほどが通れるほどの狭い通路で、普段は通り抜けを禁止されている。本当であれば校舎外周に沿って遠回りをしなければいけないところだったが、今日は先輩の目もないこともあり、疲れていた蓮乃は時間の節約をしようとして周囲の人影をうかがった。
 この道は確かに便利なのだが、問題は中間地点にある教科教員控え室の窓で、そこを通るときに担当の先生に見つかると結構面倒なお叱りを受ける。この通路の使用が禁止されているのは、実はその控え室の教員が生徒にいちいち見られるのを嫌ったからではないかという噂さえある。
 だけども今覗き込んだ感じではその窓のあたりに灯りがついているふうでもないし、こっそり通れば大丈夫だろうとちょっとした冒険心もあって蓮乃は一人小道の中に入っていった。

 しんと静まり返った通路の中では靴底のゴムの擦れる自分の足音が妙に響いていて、誰かに聞こえるかなと心配をしながらもゆっくり進んでいくと、やがて例の教員控え室の窓のすぐ近くに到着した。
 灯りはついていないとはいえまだ油断はできないと思い、蓮乃は窓枠近くで一度足を止めると、耳を澄ませて気配をうかがった。

「……。って、でも……」

 警戒をした通り微かに人の声が聞こえる。
 だけどまだ微かに周囲が見える明るさとはいえ、こんな中で会話をするなんておかしいな、と蓮乃は思った。だけども疲れていることの方が先で、とりあえず今はここを見つからずに通り抜けることを考えようと思い、自分の身体をかがめて窓の下を通りはじめた。
 忍び足で進む間もやっぱり誰かの声はしていた。おそらく窓際近くにいるのだろう。押し殺したような声音であるので会話の内容までは聞き取れなかったが、会話をしている二人が女性であることはわかった。
 直感的に、何か知ってはいけないことのようなものを感じて、蓮乃はさらにゆっくり慎重に足を運んだ。

 突然、ガツン! と頭上の壁に何かが強くぶつかった音がした。あと少しで窓の前を抜けるという直前のところだった。

「!」

 反射的に、蓮乃は身体を反転させてしりもちをつくような形で窓の真下に座り込む。見上げると、頭上の窓には制服を着た女子生徒の背中が押し付けられている様子が見えた。驚いたのはそれとわかるのとほぼ同時に、着ていたブレザーが肩までずり下ろされたことだった。

 やばい、と蓮乃は急ぎ立ち去るために手元に落とした荷物を探った。しかし逃げ出す前の一瞬、好奇心からもう一度その窓を振り返って見てしまった。
 ちょうどその時に、窓に背中を押し付けられ上半身を裸同然にされていた女子生徒の方も、偶然だろうか斜め下の蓮乃のいる方向を見下ろした。
 お互いに目が合って、暗がりとはいえそれが誰であるのかと、そして相手も同じく自分が誰かを見たということがはっきりとわかった。

 蓮乃は今度こそ振り向かずに、急いでその場から駆け出した。
 部室に逃げ込むようにして入ると、内側から鍵をかけてしばらくドアを背にぜいぜいと息を整える。
 しばらく静かにしていたが、追ってこられる気配はなさそうだった。

 すっかり暗くなってからようやく、着替えと片付けを終えて蓮乃は部室と校舎から出た。とぼとぼと一人で歩きながら、さっき見た光景をもう一度思い出してみた。
 あれはどう考えても、自分と同じクラスの優等生である桜桃(ゆすら)に間違いはなかった。

     *****

 翌日になって蓮乃が寝不足になりながら学校に行ってみると、まるで何事もなかったかのように桜桃は友達と談笑をしていた。昨日自分をおいて別の用事に言ってしまった部活のメンバーも、のんきにごめーんと蓮乃にじゃれ付いてくる。

「一人で大変だったでしょ?大丈夫?遅くならなかった?」
「えーと、まあね。平気、へいき」

 昨日のことを質問をされると、思わずどっと額に汗がにじむのがわかる。何とはなしにふと桜桃の方にちらっと視線を向けると、そこでまた桜桃と目が合った。慌てて蓮乃はその視線を避けるようにさっと反対に向き直った。

 もともと、蓮乃と桜桃はクラスのキャラどころが違うこともあり、ほとんど接点のない関係だった。
 入学してから部活と遊びが優先で、賑やかに大勢のグループにいた蓮乃に対し、桜桃は成績もいつも上位で大人しく、一緒にいる友達もどちらかというと地味目な子が多いようだった。時に羽目をはずしがちな蓮乃たちをどこか冷ややかな目で見ているようでもあり、本音を言えば蓮乃は少し真面目すぎるように見える桜桃のことが苦手だった。

 先生受けがいいだろうことはわかっていたが、だけどもあそこであんなことをしていたというのは簡単には納得ができない。蓮乃は何か理由でもあるんだろうか、と昨日の夜から勝手に想像をしていた。

 午前の授業が終わり昼休みになる頃、お弁当を出そうとしていた蓮乃に突然桜桃が話しかけてきた。

「ちょっとだけいいかな?田沼さん」
「あ、う、うん」

 周囲に少しいぶかしがられながらも、蓮乃は桜桃に連れられて人気のない校舎中庭に移動した。

「どこから見てた?」
「ちょっ!いきなり何?何のこと?」
「とぼけなくていいの。どこまでのこと見たか、正直に教えて」

 普段の雰囲気とは違っていきなり緊張感のある物言いに気圧されながらも、蓮乃は自分の見た始終を話した。別に大したことは見てないよ、と付け加えたが意見はあまり期待されているようではなく、さらりと流された。

「どうすれば黙っててくれる?」
「黙るも何も・・・。だって話す理由がないじゃない」
「黙ってる理由もないでしょ。面白おかしい話にして言いふらすこともできるんだし」

 カチン、と蓮乃は眉をしかめた。
 目の前の桜桃は冷たく無表情に近くて、何を考えているか読めない。

「信用してもらうしかないけど。私はそんなくだらないことしないよ」
「悪いけど、信用できない」
「ああそう、じゃあ知らないよ。勝手にすれば!」

 むっとして蓮乃はその場を立ち去ろうとした。すれ違う直前に、ぐっと強く腕を握られる。

「困るの。本当に困るの」
「そりゃそうだろうけど、だったら他にも言い方ってものがあるでしょ?」
「だから聞いているじゃない。どうすれば黙っててくれるかって」

 やれやれと蓮乃は思う。何か交換条件がなければこちらを信じてもらえないの?と尋ねるとその通りだと答えられる。
 ならと蓮乃は少し考えてみたが、特に思いつくようなこともなかった。

「別に欲しいものとかないよ。どうしてもっていうなら、教えてくれない?白河さんがどうしてあそこでああいうことしてたのかさ」
「私のこと?」
「優等生の白河さんがなんでって、昨日からそればっかり考えてたら寝不足になっちゃって。それがわかれば変な想像もしなくてすむし、そうしたら他の人に話したりもしないよ」

 言ってから、理由を聞き出した方がもっと言いふらされる可能性を疑われるんじゃないかと蓮乃は思ったが、意外にもあっさりと桜桃はその条件を承諾した。

「いいよ。いつならいいの?」
「えっと・・・じゃあ今週末とか」
「明後日ね。わかった」

 そうして週末に桜桃の家で二人で会う約束をした。

     *****

 二人きりになってしばらく会話は弾まないまま時間が過ぎ、小一時間ほどしたあとで蓮乃は思い切って本題の質問をしてみることにした。

「ね、白河さんはあそこにいた人と付き合ってるわけ?」
「知らない」
「知らないって。自分のことでしょうが」
「答えたくないの」

 最初の質問が不発に終わり、仕方なく仕切りなおして再び蓮乃は別のことを聞く。

「じゃあさ、あそこで会ってた人って誰?先生?」
「言えない」
「ちょっと!教えてくれるって一昨日には言ってたじゃないの」
「知らない方があなたのためでもあるの」

 その後も、何度か切り口を変えつつあの日見てしまったことについての詳細を探ろうとしたが、そのほとんどについて桜桃は大事なことを答えようとしなかった。
 やがて蓮乃の方もあまりにも手ごたえのない質問に疲れてきて、いい加減にしてよ!と悲鳴に近い音を上げた。

「何なのよ。ほとんど全部『答えられない』ことばっかりじゃない。答えてもらえることってないわけ?」「そう言われても。こっちにも事情があるし」
「うーんと、それじゃ。あの時さ、白河さんといたのって、女の人だったよね。声だけ聞こえたよ」
「え…。あ、うん。そう…」
「女の人とするのって、どんな感じ?」

 それまで無表情だった桜桃の顔が、そう言われた瞬間に真っ赤に染まった。
 おや、とその様子を探るように蓮乃が顔を近づけるとそれをそむけるように斜め上の方を見る。その反応がつい面白くて、蓮乃は調子に乗って次の質問をする。

「あのとき白河さん、なんかされてるっぽかったけど。いつもそうなの?自分からしたりとかないの?」
「そんなこと!聞いて…どうするの」
「だって興味あるじゃない。気持ちいいものなのかなって。いいの?」
「知らないわよ。人によるんじゃない」

 つん、と桜桃は顔をそむけた。その時長く垂らした肩口の髪の毛がさらりと流れて、隙間に見えた首筋が妙に色っぽく蓮乃には見えた。
 ごく、とつい喉の奥が鳴る。
 それに気づいてか気づかないでか、目線だけを蓮乃に向けなおした桜桃が小さく息をついた。

「興味ある?」
「え?何?」
「だから、興味があるかって聞いたの。女の人とするのに」

 ドキドキ、と自分の胸が早く打ち出したのを蓮乃は感じた。意地を崩さないまでも照れたようにする桜桃の姿は、今まで教室で見てきたものと全然違う印象で、今目の前にあるのが肯定的なチャンスに抗うという気持ちはほとんどわいてこない。
 それでもやや遠慮がちに蓮乃が頷くと、黙って桜桃は自分の着ていた服のブラウスのボタンをいくつかはずした。

「いいよ。触ってみても」
「そ、それってさ。でも」
「したくないならいい」

 再びボタンを閉じようとする仕草に促されるよう、蓮乃はあわててごめんと謝った。なんで謝ってしまったのかは自分でもわからなかったが、とりあえずそっと開いた桜桃の鎖骨と胸の間に手を触れさせてみた。
 つるんと柔らかい肌の手触りがすごく気持ちよかった。

「すごい」
「どうする?」
「じゃ、もうちょっとだけ。いい?」

 うなずいた桜桃がボタンを全部はずし、背中にあるホックに手を回した。ずりおちてくる下着を胸元でおさえるようにすると、開放された乳房が艶かしく肌の張りを緩めたのが見えた。
 蓮乃が両手をそこに添えさせると、自分のものよりやや大きめの感触が手のひら全体に伝わってきた。ぞく、と腰の下側から突き上げるような衝動が背筋を駆け上る。

「とってもいい?」
「好きにしていいよ。親は、どうせ帰りが遅いだろうから」

 支えていた手をどかせてブラジャーを腕から引き抜くと、蓮乃はそっと胸元に唇をつけてみた。普段すれ違うときにも微かに感じていた、甘めの柑橘類の香りが強く鼻をくすぐってくる。ちゅ、と少し音を立てて肌に吸い付いてみると、ぴくりと桜桃の身体が反応したのがわかった。
 何度か肌に口付けながら少しずつ身体を上にずらしていき、首筋に触れたところで相手の顎がすぐそばにあることに気がついた。

「あのさ」
「うん」

 場所を確かめるために数度ためらいながら、ようやくタイミングがあって唇が重なる。蓮乃にとっては初めてのことで、柔らかくて湿った感触の珍しさに、つい何度もあれこれと角度を試すようにしてしまう。合間に漏れた桜桃のため息が色っぽくて、夢中になって相手の舌に絡める。
 キスの途中から桜桃の指先が遠慮がちに自分の洋服に手をかけようとしているのに蓮乃は気がついた。唇を放して目を合わせると、とろんとした様子で桜桃は蓮乃の肩口に手をかけた。
 同意を求めるのも恥ずかしくて、蓮乃は自分の服の上着を頭から引き抜いた。待っていたように、桜桃が同じように肩口に唇をつけてくる。

「慣れてるね。さすが」
「違うわよ」

 半裸のまま、隣にあったベッドに横になると、覆いかぶさるようにして桜桃が蓮乃の上に四つんばいになった。えっ、と蓮乃が何か言おうとする前にどんどんと服を脱がされ、甘いキスを繰り返される。
 下腹部からつ、と指先を滑らせられて思わず蓮乃が小さな声を上げると、じっと顔をのぞきこむようにして間近に桜桃が目を合わせてきた。

「蓮乃…」
「しらか・・・ゆ、桜桃さん」

 確認が取れたかのように名前を呼ばれてすぐ、桜桃は長いキスをしてきた。その間にも指先が下着の脱げかけた下半身に張り込んできて、ちゅ、と濡れた場所をかき回す音がした。

 何かがおかしい、と途中で思わないでもなかったが、結局蓮乃はそのままいろいろと促されるままに桜桃に触れられたり触れさせられたりして、叫びそうになる声を何度もおさえながら感じたことの今までなかった感覚を味わわされた。

 お互い横向きに寝転がり背後から桜桃にいじられていると、これ以上は「やばい」と思う瞬間が蓮乃に来て、やめてと言い出そうとしたが、ぎゅっと抱きとめられると動けなかった。
 数秒遅れてぐっと奥からしびれるような感じがした。わかっているかのように、そこで強く抱く力を強められたのが蓮乃にはとても心地よかった。

     *****

 お互い洋服を着直して、1階のリビングに降りて夕食のテーブルについた。
 まだ呆然とする感じが抜けないまま、ちらりと向かいの席の桜桃を蓮乃が見ると、それまでと同じように表情も少なめに食事をとっている。
 何を言っていいのかわからず、スプーンを中途半端な位置で止めながら、蓮乃は言葉を選んだ。

「お、怒られないかな」
「怒る、って。誰に?」
「だって、ほら。白河さんの恋人…に」

 照れる気持ちを隠すように蓮乃が笑うと「ああ、そのこと」とこともなげに桜桃は言った。

「いいの。それは、何とかするから」
「そう。じゃ、よろしく」

 ていうか、私たちはこれからどうするんだろう、と蓮乃は思った。
 あれはただの口止めだったのかな、と思おうとするが、正直自分ではそうは思いたくない気持ちに気づく。

「あのさ、白河さん」
「いいよ。桜桃で」
「うん。えーと。その」

 じろっ、と見られるとすくみ上がるような気持ちにもなってしまい、蓮乃は自分から顔をそむけた。食事は一応していたが、ほとんど味がわからない。
 会話も前にも増して何を話していいかわからず、これはさっさと帰った方がいいんだろうかとも思った。

「これ、食べ終わったらさ」
「うん」
「もう時間も遅くなったし…」

 引き止めてくれないかな、と内心期待をしたが桜桃は何も言わなかった。
 小さなため息をついてそれ以上食欲のなくなった蓮乃は「ごちそうさま」とスプーンをおこうとした。だけども席を立とうとしてつい、一本を床に落としてしまう。
 急いで拾おうと身体をかがめたとき、ふと斜め上の桜桃を見ると、同じように桜桃も蓮乃のことを見下ろしていた。
 目が合った瞬間、不思議に相手の考えていることがわかったように思えた。

 スプーンを持って蓮乃が立ち上がると、待っていたようにテーブルの上の蓮乃の手のひらに桜桃は自分の手を重ねてきた。
 少し迷いながらも顔を近づけてみると、すんなりと目を閉じて桜桃は蓮乃のキスを受け入れた。

「ご両親とか。帰ってきちゃうかな」
「来たらなんとか誤魔化そう」

 席を立った桜桃と、真正面から向き合って蓮乃はもう一度唇を合わせた。
 服越しの胸元に手を添えられただけで、頭の中にぴりぴりと刺激が走って抜けていくのが感じられた。

 窓の外を見ると真っ暗闇の中にヘッドライトがこちらに向かってくるのがわかって、二人は名残惜しそうにお互いの腕のあたりを撫でてからゆっくりと身体を放して席につきなおした。

【Fin.】

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