なないろのゆり - 【満薫+咲舞】夜間飛行

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【満薫+咲舞】夜間飛行

屋上には人影もなく、台風の前らしい強い風が吹きぬけていた。
満はバサバサとうるさく動き回る前髪を逆向きにかきあげると、扉から中央に向かって歩き出す。
背後では、強い風に押されて扉が閉じた。
叩きつけるような大きな音に一瞬振り向いたが、戻ることは考えずにそのまままっすぐ建物の縁に向かっていった。

     *****

咲と舞から食事の誘いがあったのは、今日の朝のことだった。
満は電話を保留にしながら、横になったままの薫に声をかけた。明らかに乗り気ではなさそうな返事に、満は断りの言葉を出そうとした。
だけども「悪いけど、」と口にしようとしたところで少し気が変わる。

「悪いけど、薫はちょっと都合がよくなくて」
「そうなの?満は?」
「私は平気」
「じゃあいいじゃない。おいでよ!」

咲がほがらかに「薫にもよろしくね」と最後に言って電話を切った。
まさかすぐ背後に本人がいるとは思っていなかったのだろう。受話器が離れていても十分聞こえる咲の声に、薫がゆっくりと体を反転させて満を見上げた。

「満、出かけるの?」
「ええ。行かない方がいい?」
「いいえ。私は一人で待っているわ。考えたいこともあるし」

そこまで言うとそれ以上何を言う気もないらしく、薫は黙って目を閉じた。
満はなるべく音を立てないように腰を上げるとゆっくり部屋を出て行った。

     *****

咲と舞が突然食事に誘ってきた理由は大したことではないという。
ただ、少し以前に4人で会った展示会の時には、お互い仕事関係の相手との話を優先させなくてはいけなくてほとんど話ができなかったので、そのときの感想をちゃんと伝えたかったから、と咲は言う。
それを聞いて満は一瞬面食らってから微笑んだ。

「それなら、ここに作者の薫がいなきゃ意味がないんじゃない?」
「そーんなことないよ!・・・って、あ、そっか」

突っ込まれて恥ずかしそうにする咲を、舞がまあまあとフォローする。

「咲はただ、満さんたちに会いたかっただけでしょ?」
「あはは。そうなんだ。実はさ」

屈託のない表情をして咲がにっこり歯を見せた。
夕凪中学校にいたときから、全く変わっていない笑顔だった。

「不思議なんだけど、ときどき無性に満と薫に会いたくなるんだよね。舞は?」
「私もよ。なぜかしら」
「ごめんねー。満。つまんないことで呼び出しちゃって」
「そんなことないわ」

言いながら、自分の口元が少し微笑むのを満は感じる。
こんな気持ちになるのは、この二人に会ったとき—–というかきっと、舞と一緒にいる咲に会ったとき—–だけだと思う。

「私も、咲と舞に会いたくなるときがあるわ。今日は呼んでくれてありがとう」
「えへへ。なんか、はっきり言われると照れちゃうね」
「うん。こちらこそ、満さんありがとう」

咲と舞は仲よさそうに顔を見合わせて笑った。
そうこうしているうちに、さっき注文していた料理が運ばれてきた。
相変わらず食事のときらしく楽しげに、咲が「いただきます」とナイフとフォークを手に取る。
きっと咲の好みに合わせたのだろう。出てくるたっぷりとしたヨーロッパ地方の田舎料理は実際に訪れたことがないはずなのに懐かしい味がする。

「こうしてると、中学生のときに戻ったみたいね」

舞が何気ない様子でつぶやくと、咲もそうそうと同意する。

「あれから何年もたって、お互いに状況や考え方も変わったはずなのに、こうしているとあの時に戻ったみたいな気持ちになるの。だからかしら」
「何が?舞」
「満さんと薫さんに、時々すごく会いたくなる理由って」

満は食事の手を止めた。
ふと、数年も前になる当時の自分たちの後ろ姿が頭の中をよぎる。
短い昔話に盛り上がっていた咲と舞が、黙りこくった満の様子に気がついて同時に顔を向けた。

「ねえ。咲、舞。変なこと聞くようなけど」
「うん。何でも言って」

満は食器を置くと、口元を拭ってから話し始めた。

「私と薫は、あの時から何か変わったと思う?」
「変わったよー!全然」

反射的に答えた咲が、テーブルに乗り出すようにして満を覗き込んだ。
驚く満に、咲は楽しそうに言う。

「満は、だってすごくなったじゃない」
「何?すごく・・・って」
「なんていうか、すごくだよ!すごく」

「もう、咲」と舞が少し呆れたような顔をして笑った。
少ない言葉なのに、随分上手に気持ちを伝えることができるもんだと感心しながら、満は咲にお礼を言ってから舞の方を見た。

「舞は?同じような意見?」
「そうね。確かに今の満さんと薫さん、すごいと思う」

前がすごくなかったってことじゃないのよ、と舞が気を遣って前置きをしてから言葉を続けた。

「だって、すごく『優しい』の人になったもの。いろんな人の気持ちを考えてあげて、気遣ったりして。そういうの、自分でわかってなりたいって思ったとしても、上手に変われる人ってそんなにたくさんいないと思う。それってすごいわ」
「『優しい』…」
「もしかして、自覚がないの?満?」

ええ、と曖昧な返事をした満は、実際に自覚したことがなかった。
確かに相手の気持ちを考えて行動をすることは何度もあったかもしれないけれども、それが舞の言う「優しい」という言葉で表現できることなのかどうかはわからない。

「満は変わったよ。薫もね」
「そうかしら?」
「そうそう!だからほら、もっと笑って笑って!」

咲に促されて少し無理に満は笑顔を作った。
二人と顔を見合わせて笑うと、本当に自分は優しい人のようにも思えた。

     *****

一人になった帰り道、満はふと思いついて知らないビルの非常階段に入ってみた。
偶然かどうか知らないけれども、その廃墟のようなビルの鍵は全て開いていて、数十階にもなる建物の屋上には何の苦労をすることなくたどり着くことができた。

風の強い屋上で、建物の縁ギリギリにまで移動すると、古くなって真ん中が腐っていたフェンスを見つけた。頭から潜り抜けてみると全く遮るものがない空間に直面する。
フェンスの向こう側で見下ろしてみると、真下に小さくなった建物や街の光が見える。
強い風にあおられて、服のすそが激しく波打つのを感じながら、満は両手を広げてみた。

「本当に、私たちは変わったのかしらね。薫」

目を閉じて全身から力を抜くと、突風に体が浮き上がった。両腕を広げたまま意識を集中すると、ふわりと地面に向かって落下する感触がする。

ああ、やっぱり私は変わったのかもしれないな。
と思いかけたところで、不意に頭の中に薫の顔が浮かんだ。

「薫…」

再び大きな突風があって、気づくと満の体は落下することをやめていた。
体が持ち上げられていくのを感じながらゆっくりと目を開いてみると、雲がすっかり飛ばされてしまった空に、大きな月が浮かんでいるのが見えた。
まぶしい光に目を細めて、足下に視線を落とすと、さっきの屋上の風景よりもさらに高いところからの景色が目に入ってくる。

「なんだ。やっぱり変わってないか」

バタバタと、再び強い風が下から押し上げるように満の髪の毛をゆすってくる。
「まあ当然か」とひとりごとを言いながら、満は流れに逆らうことなく体をひるがえした。

「だってあの二人も、何も変わっていなかったものね」

もしこのまま自分が飛んで帰ったら、薫はどんな顔をするだろうかと満は考えた。
きっと驚いて、不思議そうにして。

それから少し悲しそうな顔をするに違いない。

その様子を想像しながら、満は凍えるような風を切り裂くように飛行のスピードを上げていった。

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