なないろのゆり - 【薫みの】ウエディングシーン

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【薫みの】ウエディングシーン

【the view of Minori】

みのりの目が覚めたのは、目覚まし時計をセットしていたよりも、かなり早い時間だった。
もう少し長く夢を見ていてもよかったんだろうけれども、一度目が覚めてしまったので元通り寝直しというわけにはいかない。
ぼんやりとカーテンの隙間から朝日が斜めに差し込んでくる部屋の中を眺めていると、なんとなく自分の胸のあたりにぽっかりと大きな穴が空いてしまっているような気分になってきた。
こんな気持ち、そういえば何年か前に感じたことがあったなと思った。

視線を右側に移すと、しばらくの間使われていないベッドが反対の壁際に置かれていた。
数年前、咲がこの家を出て舞との生活を始めたばかりのときのこと。
やっぱり朝起きて急に気持が空っぽになってしまったような、そんな空白感を感じたことがあった。

     *****

「おはよう。お母さん、何か手伝うことない?」
「みのり、おはよう。そうね、こっちは大丈夫だから、お父さんの方を見てきてくれる?」
「うん。わかった」

みのりが階段を下りていくと、厨房でせわしなく働く母親の姿があった。
いつもはパンとケーキばかりの厨房が、今日に限ってはたくさんの種類の料理がぎっしりと並べられている。
色とりどりのかわいい雑貨のような食べ物につい手を出しかけるけれども、ぐっとこらえて庭の方へ向かう。
空は澄み切った晴天で、予定していた以上の最高のコンディションだった。

「みのり、おはよう。ちょうどいいところに来たな。そっちのテーブルクロスを引いてくれるかい?」

みのりが挨拶をすると、大きな背中を揺らしながら会場の設営準備をしていた父親が振り向いた。
テーブルの配置はだいたい終わっていて、今はそれぞれのテーブルの飾り付けにかかっている。
一番大きなテーブルに真っ白いクロスをぴっしりと敷くと、よし、と満足そうに父は額の汗を拭った。
隣のテーブルを見ると、上品な花柄をあしらったカードが数十枚重ねられていた。
そこには今日の披露宴の出席者一人ひとりの名前が記入されている。

「みのり、悪いけどその名札カードを席次表に従って置いていってくれるかな?」

父から渡された席次表には、みのりも昔からよく知っている人たちの名前が記入されていた。
「星野・太田 両家結婚披露宴」という表題を頭に、健太と優子の名前が並んで中央上部にあり、周囲にはかつての夕凪中学の同級生たちが並べられている。

ちょうどそのとき家の中から父を呼ぶ母の声が聞こえた。
父は名札の置き方をみのりに説明すると、忙しそうに店の中へ消えていった。

「健太お兄ちゃんと優子お姉ちゃんの結婚式か…」

この二人が結婚するだろうことはだいぶ前から予想ができていた。
だけども、まさか披露宴の会場がこの「ベーカリーPANPAKAパン」になったのは少し意外だった。
咲や舞以外にもこの街を離れて生活もしている同級生たちもいたが、一同にこの場所に集まることになる。

姉の同級生たちは、年の離れた妹であるみのりにとってもいろいろな思い出のある懐かしいメンバーだった。
名札を順に並べながら、しばらく中学生時代のことを思い出したりしていた。

数枚目のカードを置いたとき、次に出てきたカードの名前が目に入った瞬間みのりの手が止まった。
ぎゅっと胸をに握りつぶされるかのような衝撃が走ったそこには、「霧生薫」という名前が記されていた。

しばらく会いたくないと言い出したのは自分の方で、それから約1ヶ月ほどの時間が経っただろうか。
言い出すまで、何度も何度も考えて、言ってしまってから後悔をしないように気持ちを整理してから言い出したつもりだった。
だけどもこうして名前を見つけただけで、激しく動揺をしてしまうのを感じる。

なるべく余計なことを考えないように、みのりは薫の名札を他の人と同じようにテーブルに置いた。
その次には「霧生満」の名前のカードがあった。
みのりは深呼吸をすると、微かに震える指先をおさえながら、薫の隣の席に満のカードを置いた。

     *****

披露宴は、結婚式を済ませたあとの午後からのスタートということになっていた。
式が始まるかなり前には遅刻魔のはずの咲も舞と一緒に到着していて、久しぶりの再会とドレスアップ姿を話題に同級生たちと楽しそうに話している。
みのりは飲み物などの世話をしながら、それぞれに変わった姉の同級生たちの姿を一歩引いて眺めていた。

改めて見る姉の友達たちは、当たり前だけどみんなとても大人になっていて、自分だってそれなりに成長をしたはずなのに、ほろ苦いような羨ましいような、手の届かない憧れの気持ちがぐっと沸き上がってくる。
ひいき目かもしれないけれどもそれら大人たちの中にあって、姉の咲と隣の舞が最もきれいで輝いているように見えた。

しばらくして、控え室がにわかにざわつきだした。
咲が舞と一緒に人の列をかき分けるように玄関に向かう。

「満!薫!」

咲の声に、満が微笑みを返した。
傍らにはややぎこちない表情の薫がいる。
二人のドレス姿は何をするわけでなくてもとても目立つ。
並んで立っているだけで、なんとなく圧倒するような美しさがあった。

「うっわーっ、すっごくきれいだよ!二人とも」
「ありがとう。咲と舞もね」
「ありがとう。ね、二人の写真を撮ってもいい?」

他の同級生からも写真を求められて、薫が困ったように視線を部屋のなかに走らせたのがわかった。
目が合いかけて、みのりは反射的に顔をそむける。
一度顔を下げてしまったら上げづらくなってしまい、みのりはそっと気づかれないように控え室から出ていった。
誰もそのみのりの態度に気づいていないようだったが、みのりは自分の背後を見つめる視線の感覚が、どううしても振り払えなかった。

     *****

披露宴は滞りなく順調に進んだ。
星野家の人も太田家の人も非常に機嫌よく、途中泣きかけたり大声で笑ったりの場面もありながら楽しく式は進んでいった。

みのりは少し疲れて式の終盤近くで席を立った。
お皿を下げるフリをしながら厨房の方へ行くと、そのまま会場には戻らず店の中で大きくため息をついた。

本当は余計なことなんて考えたくなかった。
早く日常に戻って、普通に生活できるようになって。
それで何事もなかったみたいに、これまでどおり学校に行ったり友達と遊んだりする毎日に戻りたかった。

本気で忘れたいと思っていることほど、そうはできない気がするのはどうしてだろう。
みのりが両手で顔を覆ってうつむくと、外で幸せそうな歓声がわくのが聞こえた。

「みのりちゃん?」

はっと、慌ててみのりが顔を上げた。
そこには困惑した薫の顔があった。

「どうかした?具合でも悪くなった?」
「そんな、そういうんじゃないけど。薫お姉さんは?」
「私は、もともとああいう賑やかな席が苦手だから」

恥ずかしそうに苦笑いをする薫の顔を見ていたら、じわっと涙が出てくるのがわかった。
だけども、ここは泣くところじゃないと必死に自分に言い聞かせる。

「素敵だね。健太お兄ちゃんと優子お姉ちゃん」
「そうね。いい式だと思うわ」
「薫お姉さんも、憧れる? 結婚式」

薫は言われて少し意外そうな顔をしてから、そうね、と数秒考える仕草をした。

「わからないわ。そういうの」
「結婚てさ、好きな人とずっと一緒にいるってことでしょ?」
「ええ」
「何がわからないの?ずっと誰かと一緒にいること?みんなにお祝いしてもらうこと?」

少し意地悪な質問だとみのりは自分でも思った。
薫がやや困惑気味に首を横に振って、「わからない」ともう一度繰り返した。

「だけどね、私にもわかっていることはあるのよ」
「何?」
「誰かのこと、好きだって気持ち」

そう言って薫は少し微笑んだ。
その日始めてみのりは薫の姿をしっかり見た気がした。

「薫お姉さん、きれいだね」
「えっ?そ、そう?」
「うん。今日会場にいる人の中でもね…。優子お姉ちゃんには内緒だけど」

できるだけ一生懸命に、みのりは薫に笑顔を向ける。

「薫お姉さんが一番!」

そう言うと、みのりは飛び上がるように席を立って裏手から外へ駈け出していった。

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