なないろのゆり - レヴュスタ メイファン誕生日記念SS その2

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レヴュスタ メイファン誕生日記念SS その2

リュウ・メイファンお誕生日企画その2弾です。
シークフェルト卒業後のやちメイという設定で。

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空港から一歩出ると海を挟んで向こうにビル群が見えた。
たった数か月のことなのに、随分長くこの景色から離れてしまっていたように感じる。
これまで過ごしてきた時間の長さだけで考えれば圧倒的に故郷の方が長いはずなのに、こうして改めて日本に来てみると懐かしいという気持ちになってしまう。
それは多分、これまで過ごしてきた時間の中で最も密度の濃い時期を過ごしていたからかなと思った。

飛行機が到着してからすぐに送ったメッセージに返信がないか確認をしようとスマホを取り出すと、その瞬間を見計らったかのように着信があった。
予定があって空港まで迎えに行けないということを事前に気にしていたようだが、そこまで大げさにしてもらう必要もない。
私は観光で日本に来たわけではないのだから。

「やちよですか。仕事の方は終わりましたか?」
「やーん!メイファン久しぶりー。元気だったー」
「飛行機は予定通り着きましたので、今から電車でそちらの駅に向かいます。いいですか?」
「さっき偶然栞にも会ってさー。メイファンにこれから会うって言ったらこっちにいる間に絶対に一緒に食事しようって。いいって言っちゃったけどメイファンいいよねー?」

こっちの話を聞いているのかいないのか楽しそうに話をするやちよに、詳しい話はそちらに着いてからまた聞きますよ、と告げて通話を終了させた。
数か月前、日本を離れる前にわずかにしんみりした雰囲気を全く引きずっていないかのような陽気な様子に、どんなふうに声をかけようかと飛行機の中で悩んでいた自分の心配が吹き飛んでしまった。

   *****

今回の帰郷は、これから日本を拠点にして活動していくための最後の手続きが目的だった。
シークフェルトを卒業してから大学に進学しつつ、日本でいくつかの舞台に上がったもののそれはいわば仮住まいといった立場での活動だったと言える。
まだ学生の身分とはいえ成人年齢になっているし、卒業後にきちんと職業として行っていくにはやはりどこかできちんと決心をしていく必要がある。

同じく服飾系の学科が併設されている大学へ進学したやちよとはシークフェルト卒業後も切れずにつきあいを続けてきたが、お互い将来の話になると何となく具体的な内容は避けるようなそんな雰囲気があった。

ある日学生寮の近くにあるやちよのマンションで「一度中国に帰ろうと思う」と言うと、ふうんと最初は興味がなさそうな返事をされた。
やちよは在学中から既にいくつかの劇団から声のかかる女優となっており、自己プロデュースをしながらモデル活動をするというキャリアをスタートさせているところだった。
着実にその先の道筋を見据えて活動をしているやちよの姿を応援しつつも自分の腰の落ち着かなさに焦りを感じていたりもした。

「いつ帰ってくるの?」
「とりあえず、就労のためのビザを取得しなくてはいけませんし。家族に理解をしてもらわないと」
「大変だねー。メイファンは」

気のせいか言葉の端に少しだけ棘のようなものを感じた。
ある程度長く付き合っていると、一見感情の起伏が少なそうに見えるやちよにもそれなり見逃してはいけないサインがあるということがわかってくる。
わかりにくいわかりやすさとでも言えばいいだろうか。

「きちんと自分の将来について考えて、その上でまた舞台に戻って来ようと思うんです」

やちよが空になったグラスをもってキッチンへ消えた。
追いかけるのもおかしいような気がして室内に残っていると、冷蔵庫の開閉する音とともにカランカランと氷がグラスに落とされる冷気が伝わってきた。

「もう少し飲む?」
「あ、いえ。明日早いので」

私の返答よりも早く、二つのグラスを持ってやちよが室内に戻ってきた。
テーブルにトレイを置くと自分の分だけを取ってほんの少しだけを口に含む。
表情を隠す目線と艶めかしく湿った唇を見て、場の空気に緊張感ができたのがわかった。

「やちよは、何か言いたいことがあるんですか」
「ないよ。何にも」
「本当に?」
「ホント」

おどけたように視線をこちらに向けてやちよが笑った。
私はほとんど進んでいないグラスをやちよの手から取ってテーブルに置くと、冷えた指先を両手で包み込むようにして握った。

「戻ってきたいんです、ここに」

やちよが視線をそらすように目を閉じた。
ゆっくり顔を近付けて唇に触れると、離れ際に何かをつぶやくように動いたのがわかった。
その内容を聞き返そうとするよりも先にやちよが口を開く。

「あたし忙しいからさ。ちゃんと向こうにいても連絡してよね」
「はい。約束します」

それまで握られていた手を強めに振りほどくようにしてやちよが私の首元に腕を回した。
ぎゅっと抱きしめられてから、今度はやちよからキスをしてきた。
言いたいことはないと先に言っていたけれどもそれは言いたいことがないのではなくて、言いたいことをどう言っていいのかわからないとでも言いそうなキスだった。

   *****

「前のマンションは引っ越したんですね」
「まあねー。あそこ、ちょっと不便だったし」

以前に一緒に会った賃貸マンションはやや郊外にあったが、日本に戻ると連絡をしたときに待ち合わせ駅として指定したところはかなり繁華街に近い場所だった。
仕事が順調に進んでその関係でより交通の便のよいところに引っ越したのかなと私は想像をした。
実は今回日本に来たのは一時的なもので、まずは仕事や住居をしっかりと決めてその上で正式に引っ越しをしなければならない。
そういう事情もあってつい建物についての質問が多くなってしまう。

「玄関に端切れが落ちていましたよ。ちゃんときれいにしていますか?」
「もーメイファンこまかーい。色気がないんだから」

やちよの新しいマンションは以前のものよりもかなり広いものだった。
リビング部分にはミシンや雑誌が雑然と置かれており、卒論なのだろう原稿をプリントアウトしたものがテーブルの上にある。

「何か飲む?一応昨日のうちに一通り買っておいたけど」
「ありがとうございます。私は何でも」

たった数か月の間ではあったけれども、やちよはきれいになっていた。
というよりも、それまであまり近くにいすぎてやちよのきれいさに自分が気づいていなかっただけかもしれない。
私は長時間のフライトで乱れがちになってしまった髪の毛を今更ながら気にしてしまう。

「今日は舞台の打ち合わせですか?」
「うん。ホントごめんねー。先輩俳優さんとの初読み合わせだったからどうしても外せなくて」

事前の連絡で某有名作品の定期公演の準主役に抜擢されたことは知っていた。
だから日本に着いたらしばらくはホテルで生活をしようと思っていたのだけれども、いろいろ面倒でしょと言われて泊めてくれる好意に甘えることにしたのだ。

「で、どうだった?これからのこと」
「家族には、きちんと話をしてきました。両親にも」

外国人として日本を中心に活動していくことの難しさは両親に十分に諭されてきた。
だけども、だからといってそこで自分の舞台人生から逃げることもまた違うのではないかと思った。

     *****

「これからは日本で本腰を入れて活動をしていこうと思うんです」

一通り荷物をほどいて腰が落ち着いた頃を見計らって私はできるだけはっきりとそう言った。
やちよは表情を変えないまま目を伏せて一つ小さく息をついた。
気のせいかそれは努力をして表情を隠そうとした仕草のようにも思える。

「やちよは反対ですか?」
「なにー?あたしの意見聞いてどうすんの。あたしが反対って言ったらやめるつもり?」
「そういうわけではないですが…」
「だったらいいんじゃない。それで」

やちよは会話を軽くいなしてカップを手にとった。
正直こんなにあっさりと話が終わると思っていなかった。
両親を説得する時には数日をかけて何度もケンカ腰になりながら話をしてきたというのもあって、ここに来るまでの間もし反対をされた場合どう言い返そうかという何百通りものシミュレーションをしてきたくらいだ。

ただ、やちよの回答は反対こそしていないものの賛成というふうにも言っていない。
私の意思を尊重してくれているのだろうけれども、それでもやちよが本当はどう思っているのか知りたい。
ほんの少しもやもやしたものが残ったまま黙っていると、沈黙を破るように目の前のテレビがぱっと光を放った。
ふと横を見ると、やちよが手元のリモコンでいくつかチャンネルを変えていた。

「ごめんねー。この時間、一日の芸能ニュースやってるから見ていい?」
「ええ、どうぞ」

テレビの画面には深夜のニュース番組が映されている。
一緒に眺めていると、ダイジェストニュースとしてある舞台の初日公演が終わったということが伝えられた。

「あっ!晶さん!」
「さすがだよねー。あの人、どこまで行くつもりなんだろ」

日本最大となる劇場のこけら落とし公演の主演として抜擢をされた晶さんは、並み居る有名舞台俳優に囲まれながら全くものおじすることなく公演を終えたようだった。
画面の中のコメンテーターも大絶賛で、晶さんの力はどこまで大きくなっていくんだろうとここしばらく忘れていた懐かしい感覚に襲われる。

「もう一度見てもいいですか?」

いいよ、と言われる前にリモコンを手に取ると、やちよの引っ越し前から部屋にあったテレビを慣れた手つきで数分前にまで戻す。
久しぶりに見る晶さんの舞台での様子は、何度でも繰り返し見ていたいと思えた。
3度目に戻そうとしたところで、不意にずっしりと片側に重みがかけられたのを感じた。

「いつまで見てるの」
「すみません、つい」

やちよはわざと全体重を私の上半身に乗せてきて、自然に座ったままの私の半身が深く降り曲がっていく。

「重いですよ。やちよ」
「嫌だったら避ければ?」

重みに完全に体が折れて床に頭がつきそうになる頃、肩口をつかまれて体を仰向けに返された。
見上げた天井を遮るようにやちよの顔が視線に入り込んできた。
間近に合わせた目をそらすことなくじっとしていると、ゆっくりとじらすように唇が重ねられた。
今までにないほどじれったい動作に手を伸ばそうとすると、先回りをするようにやちよが手首をおさえる。

「今日は、あたしの番」
「やちよ?」
「あたし、待たされるの嫌いなの。知ってるでしょ」

最後の方は消えかけるかのような声色で、やちよはもう一度キスをしてきた。
長いキスの合間に薄く目を開けると、視界の隅につけっぱなしになっていたニュース番組が終わりを告げているのがわかった。
これでこの瞬間から、次のニュースとなるはずの時間が始まるんだろう。

     *****

旅の疲れもあってか、すっかり深く眠ってしまって気が付けばすっかり日が昇っていた。
隣のやちよに声をかけると、うーんと面倒くさそうにしつつも「今日は午後からだから」と返事をしてきた。
私は本当は今日は早いうちに学校に行って手続きをすませる予定だったのだけど、以前と同じくけだるげに横になるやちよを見ていると、そう焦らなくてもいいんじゃないかというような気持になった。
先にベッドを抜け出すと勝手にシャワーを借りて、キッチンの中で何か作れそうなものはないかと少しあちこちを調べてみた。

「忙しいのはわかりますが、もう少し食生活はきちんとした方がいいですよ」

思わずベッドルームに向かって声を出してしまったが、一人で暮らす部屋にしては広めのキッチンでありながら、収納されているものは新鮮さのない簡単につくれる食材ばかりだった。
私の声が聞こえたのか、眠そうな目のままやちよがキッチンに出てくる。

「わかってるんだけどさ、なんか張り合いなくってー」
「こんなに素晴らしいキッチンなのにもったいない。何か食べますか?」
「メイファンに任せる」

そのままダイニングテーブルで眠ってしまいそうなやちよをいったんバスルームに引きずっていって、それからお土産にするつもりで持ってきた本場の花茶を丁寧に淹れた。
濡れた髪のままバスタオルにくるまって出てきたやちよと一緒に向かい合ってそれを飲んでいると、まるでずっと前からこうしてきたみたいに思える。

「メイファン、今日の予定は?」
「これから学校に行きます。それからいくつか役所で手続きをして…時間があったら不動産屋に行こうと思っています」
「不動産屋?なんで?」

正直なことを言うと気乗りのしない作業だった。
学生のうちは学生寮や留学生向けとして紹介してくれる賃貸物件があるからよいが、これから日本で長く生活をしていくということになれば住居が必要になる。
日本での住居探しは本当に大変で面倒なものであるということはすでに色々なところから聞いていたし、窓口に行ったときに自分が中国人であると名乗った瞬間に変わる相手の顔色も想像ができた。
それでもやらなければならないことだと自分に言い聞かせてきたところだ。

「ここに住めばよくない?」
「そんな!そこまでやちよに甘えるわけにはいきません」

私が遠慮をすると、やちよはそれ以上強く勧めるようなことはしなかった。
そうだった。やちよの性格は十分わかっていたはずなのに。

「お願いしていいですか?やちよ」

やちよは椅子から立ち上がって私のそばに来て、ぎゅっと頭を抱きしめた。
ほんのりと湿った肌が心地よくて、窓から差し込む明るい陽射しに目を細める。
急な引っ越し。一人には広い部屋。使い切れていないキッチン。それに、以前私が好きだと言っていた画家の絵画。
どうして気づかなかったんだろう。

「やちよ。きっと借りは返します」
「ん。期待しないで待ってる」

あたし、待たされるの嫌いなの。と、ささやく声が頭に軽く触れた口元から聞こえた。
待たせない、もう待たせたくない。
反射する午前の光が交差して、舞台のスポットライトのように部屋の中を照らした。

【終】

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