たまには一緒に映画見よっかと言い出したのは香奈の方だった。
賛成したさつきと二人でレンタルショップに行ったもののなかなか選ぶのに手間取り、結局持ち帰ってきたのは昔よく見たちょっと懐かしの有名作品だった。
明かりを暗めにした部屋で二人並んで開始のスイッチを押す。
始まったオープニングのシーンはラストにつながる伏線で、数度見返したそのストーリーはもう次の展開がわかりきってしまっていた。
付き合ってそろそろ3年になるのか、とさつきは思った。
友達としての付き合いがまず先にあり、それからちょっとした頓着を経つつ付き合い始めた二人だった。
最初のころは女同士、友達とはちがう気持ちの持ち方になれずにぶつかったり不安になったり、だけどもそれなりにそんな気持ちの揺れが楽しくて、どきどきを感じない日の方が少なかった。
同性だからということはあまり関係ないのかもしれない。
付き合いが長くなるってこういうことなのかもな、とさつきは思う。
まず相手の生活習慣がわかってくると、考えていることが大体読めるようになる。
好き嫌いとか感想とか、きっとこういうふうに答えるんだろうなと会話の先がわかってくる。
自分の思うとおりにならないしょうがなさが、言い訳を聞く前にわかってしまうようになる。
一緒にいるということが「安らぎ」というよりも「当たり前」になって、通じ合うための努力や手間をかける必要がだんだんとなくなっていくのだ。
ほんの最近、定期的に会うことになっていたいつもの時間に香奈側に急な都合が入り会えなくなったのだが、それを聞いた時一瞬だけほっとした自分に気がついてさつきは少し自己嫌悪を感じたばかりだった。
マンネリが、倦怠期に変わるのはいつくらいなんだろう。
この時期が淡々と過ぎ、ずるずると長くこんなふうに付き合っていくのは楽な反面それでいいのか、と思ったりもする。
映画は中盤から後半にさしかかり、前半にちりばめられた伏線を拾い集めにかかり出す。
次の台詞を頭の中で予測しながらも、さつきは隣に座っている香奈の横顔を何の気なしに眺めてみた。
「あれ?こんな服着てたっけ」
そのとき、それまで黙って映画を見ていた香奈が突然そんなことを言い出した。
誰のこと?とさつきが聞き返すと、香奈は画面にちらりと映った脇役の一人を指差した。
画面に出たり出なかったりするその人を見ようとするためにしばらく二人で盛り上がり、ようやく確認できたその衣装を見て、改めて二人で笑った。
「へぇ~、全然気がつかなかった。細かいとこまで仕込んであったんだ」
「何度も見たはずなのにね。気づかないこともあるもんだね」
どき、と軽く気持ちが揺れた気がしてさつきは香奈の顔を見た。
見慣れた表情で微笑み返す香奈と目を合わせてから、また映画の展開へと戻る。
少しして、さつきは自分の手が温かく包まれたのを感じた。
ぎゅ、と強すぎないくらいに握られていて、すっかり慣れたはずの感触なのに黙ったままそうされていると少しずつ恥ずかしくなってきた。
それから十数分が経ち、映画のストーリー部分は終わった。
いまさらなのでスタッフロールは見ないで消そうとさつきが立ち上がりかけたとき、それまでよりもまた少し強い力を香奈はこめた。腰を戻したさつきはそのまま、完全に見終わるまでの間相手のなすままに座っていた。
「どうしたの?いきなり」
画面がメニューに戻ったのを見計らってさつきは香奈に聞いてみた。
香奈は照れくさそうに笑いながら「なんか、そういえばって思って」と言った。
「付き合いはじめのころさ、二人で映画に行ったときのこと覚えてる?」
「うん」
「ほら、やっぱり女同士だし恥ずかしかったんだよね。本当はその劇場内で手をつないで観たかったんだけど、ずっと我慢してたの」
映画が終わったあとで香奈からその話を聞かされて、「どうせ暗くて周りから見えないんだから握ってくれればよかったのに」とさつきは笑って言い返したのだった。
「今度からそうするって言ったはずなのに、そういえばしてなかったなって思ったの」
「そういえば…まあね」
特に理由があったわけではないがその後しばらくはなんとなく映画をデート場所に選ばなくなり、だいぶ経ったあとにはもうお互いそんな会話をしたことを忘れてしまっていた。
香奈は少し真剣な顔になってさつきの方を見る。
「でね、それからまた考えて。さつきとまだまだしてないことってたくさんあるなって。私たち、付き合いが長くなってきたからもうあらかたのことはしたはずなのにって思うのに、ちゃんと考え直してみると全然まだまだしてないことが多いなって」
さつきははっとした。
香奈はさつきの手をとると、指先に軽くキスをする。
「好きだよ。さつき」
「ちょっと。恥ずかしいよ。改まっちゃって」
「しばらくちゃんと言ってなかったからさ。言わせて」
じっと真正面から見据えられての好意の告白は、確かにしばらく誰からもされていない。
「好きだよ」
「うん」
「好き」
「うん」
「本当に好き」
「……私も」
顔を見合わせて二人吹き出した。
懐かしいようでもあり、新鮮なようでもある不思議な感じだった。
きっとそうなんだろう。
慣れたはずのものを改めて感じようとするときの感じというのは。
「ね、この映画もう一度見直してみない?」
「いいね。いいけど」
振り向きかけたさつきの唇に、香奈はやわらかくキスをした。
「明日でもいい?」
うなずいたさつきは今度は目を閉じると、さらにゆっくり近づく香奈のキスを受け止めた。
【Fin】