愛されるクレイジーサイコレズ

「サイコレズ(Psycholesbian)」とは?

再びこちらの書籍からの引用と感想文をつらつらと書いてみようと思います。

まずは引用から。

たとえば俗に「サイコレズビアン」などと言われている、横恋慕や他人の恋路の邪魔などに熱心な、欲求不満で魅力のないレズビアンの悪役というステレオタイプがありますが、『そして誰もいなくなった』のエミリーは、若い女性に対する秘めた恋心が暴走してひどいことをしてしまうという人物で、このステレオタイプになってしまっています。

「お砂糖とスパイスと爆発的な何か—不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門」P.177 北村紗衣著

ここでさらりと出てきた「サイコレズビアン」という言葉ですが、おそらくこの文章を読まれている大多数の百合好きさんにとっては有名なジャンルの一つ「クレイジーサイコレズ」が最初に想起されたのではないかと思います。

最初に混乱がないように整理をしておきますと、この書籍内の文章に登場しています「サイコレズ(Psycholesbian)」というのは現在のアニメ界隈で聞かれる「クレイジーサイコレズ」とはやや趣旨の異なる意味を持つもので、今から数十年前の映画界によく登場した人物像の一つのようです。

具体例としては書籍の著者である北村紗衣氏によるこの書籍のもととなった「Wezzy(ウェジー)」内の連載に詳しく、映画「レベッカ(1940)」内に出てきたダンヴァース夫人というキャラクターが説明されています。

レズビアン死亡症候群、サイコレズビアン…ステレオタイプなマイノリティ描写はなぜ問題? - wezzy|ウェジー
このところ、日本では『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)や『きのう何食べた?』(テレビ東京系)など、ゲイの男性に関するテ…

詳細は上記リンクの記事を参照していただきたいですが(古典映画の中のレズビアンキャラの死亡率の高さなどの考察があって面白い記事でした)、こちらでもごくごく簡単にまとめるとダンヴァース夫人は屋敷の召使いとして働いており、既に亡くなった先妻に執着的な恋慕感情を持っていて後妻となってやってきた主人公に執拗にいじめをするという設定だそうです。

結果的にダンバース夫人はその報いを受ける形で悲惨な最期を迎えるそうですが、この「女性に対するねじまがった恋愛感情のせいで周囲に迷惑をかけ、そして結果としてろくでもない死に方をして視聴者をスッキリさせる」というまでの流れが昔ながらの「サイコレズ」の特徴らしいです。

言われてみれば私も過去に観てきた映画の中で、やたらと意地の悪い女性キャラクターが実はレズビアンで、最終的には雑魚い死に方をするというのは何度もあった気がします。

これは同性愛嫌悪の差別的感情だけでなく、そもそも「女というのは陰湿で性格が悪いもの」という先入観からさらに悪い意味での女性らしさを煮詰めたレズビアンはこういうキャラだという当時の思想が反映されて醸成されたものだと著者の北村氏は考察をしています。


それが1990年代くらいから急激にゲイのライフスタイルを描く名作映画が増えてきた影響からか、女性の同性愛についてもやや報われがちなエンドとなる映画が増えてきて、「キャロル(2015)」のようなロマンティックなラブストーリーがメインストリームにも登場するようになるわけです。

いつからとか、どうして、とかいう考察は色々意見があるんでしょうが、個人的な体感としては2000年くらいからポツポツ欧米で発生しだして日本でも少し遅れて百合・レズもののハッピーエンドが追求されてもいい雰囲気が出てきたんじゃないかと思います。


現代のクレイジーサイコレズの扱い

日本では「サイコレズ」という言葉があまりにも尖りすぎてたせいで前述のような意味で使われることは一般的にはそれほどなかったと思いますが、現在においてはより強力なネットスラング「クレイジーサイコレズ」として定着をしています。

私自身がアニメのキャラの1ジャンルとして「クレイジーサイコレズ」という言葉を知ったので、果たしてどこから発祥したのだと少しググってみたところどうも「機動戦士ガンダムSEED」の登場人物であるフレイ・アルスターに対して、海外ファンが「クレイジーサイコビッチ」と言ったのが発展してやがてレズビアンキャラに使用されるようになったみたいです(ピクシブ辞典参照)。

残念ながら私はガンダムSEED見てないのでそのフレイ・アルスターというキャラがどういう挙動をしていたかわからないですが、記事から察するにそもそもフレイというキャラは別に百合要素はなく男性主人公に執着してたみたいですね。

それがいつの間にか「ビッチ」要素が抜けて「レズ」要素がクローズアップされるようになったのは、前項の昔ながらの「サイコレズ」の女性特有の陰湿さや執念深さというマイナスイメージが結びついた結果なのかなあとも思ってしまいます。


ただ興味深いのが、ネットスラングとして成立した「クレイジーサイコレズ」の場合、古典映画のサイコレズのような暗く差別的なイメージよりむしろその突飛な行動を面白がる方向で受け入れられているという点ですかね。

好き嫌いはあると思いますが、現在でもアニメ内に登場する百合系キャラの中には変態的な行動を大げさにとるケースが多く、それでいて主要キャラよりも人気を持つようなケースも見受けられます。

具体例が同じくピクシブ辞典の項目に非常に数多く挙げられていますが、私が知ってるキャラとしては「のんのんびより」の一条蛍や、「アサルトリリィ」の楓・J・ヌーベルとかがあります。

それと「クレイジーサイコレズをやめた人」の中に我らが「少女☆歌劇レビュースタァライト」の露崎まひるさんなんかがいましたね。

これらのキャラは好きな女性に対して強い嫉妬心を持ったり、こっそり持ち物を漁ったり、相手からの接触に過剰に興奮をしたりといったところで共通した特徴があるといえますか。

ただ一様に「クレイジーサイコレズ」といっても、日常系アニメだけでなく壮大な世界観のSFアニメなどでも多く登場をしており、その場合は「好きな女性が命をかけて世界を守ろうとするから、その女性を守るために世界の方を壊す」などこれまた壮大なクレイジーをかますこともよくあり、単なる性的興奮に収まらない多様なステレオタイプのジャンルにもなっているようです。

なぜクレイジーサイコレズが愛されるのか

そこでなぜ今「クレイジーサイコレズ」的が受け入れられるようになったのかということについて少し考えてみます。

まあ結論から言えば「おっさんが作って男性視聴者が見てるから」という身も蓋もないことになるのですが、それはまあマジョリティとしてのクレイジーサイコレズなので少し分けて考えます。

クレイジーサイコレズの中でも過激なキャラは、好きな女性の下着を盗んだり、裸体を勝手にのぞいて鼻血を出したり、または胸や性器に執着して過剰なボディタッチをしようとしたりします。

これらは平たく言えば性欲の強い男性が女性を性の対象として相手を意思のないモノ扱いするときにする行動ですよね。

2000年頃には既に世間一般的に「セクハラ」という言葉が浸透しておりそれまでは男性キャラが同じことをヒロイン女性にしていても許されていた行為がなんとなく許されなくなってきました。

そこで「あ、同性同士ならいいんじゃね?」的発想でスケベ行為をする役目を女性キャラに押し付け、ヒロインが恥じらったり嫌がったりする様子を見て喜ぶという方向でクレイジーサイコレズが求められるようになったのでは?とまず推測できます。

ただこれは先にも述べたようにあくまでもマジョリティとしてのクレイジーサイコレズ需要で、百合界隈ではまた別の方向からそうしたクレイジーさを求める動きもあったようにも思います。

例えば前項の最後でちょっとだけ触れた「好きな人を守るために世界を滅ぼすことを選ぶ」百合とかはスケベ心だけでは処理できない行動になってきますし、他の登場人物たち(世界を守る組織など)を全て敵に回す行為は「百合」ジャンルに求められるゆるさや平穏さとは程遠いものです。

私自身の体験で言えば、そうした世界破滅的クレイジーサイコレズの目覚めはアニメ版セーラームーンの後期の海王みちる(セーラーネプチューン)のセリフ「はるかがいない世界なんてどうでもいいじゃない(うろ覚え)」というものでしたが、それを聞いたときに「あ、これはガチだわ」というかなりの高揚感を覚えたものです。

その衝動のもとを辿って考えると、現代的クレイジーサイコレズというのはかつての古典的「サイコレズ」の裏側にあった女性特有の陰湿さや執念深さ、視野狭窄といったイメージを逆に武器として、常識を壊した愛情表現をとることで「だからこれは純愛」という演出をしているのではないかと思えてしまうわけです。

前の記事でも少し書きましたが、「百合ソーシャル」としての機能は女性同士の恋愛感情が前提となって醸成されるものと私は考えているので、常識や世界平和よりも目の前の女性を選ぶという極めて「女らしい」純愛の表現をクレイジーサイコレズは可能にしている、と言えるかなあと。


話がやや大きくなってしまいましたが、個人的にはかつては無駄なもの、余計なもの、醜いものとして排除することが視聴者(世間)にとってのスッキリにつながる「女性的性格のマイナス面」がプラスイメージの演出に用いられるようになったというのはすごいことだなあと思っています。

私個人はそんなに過激なクレイジーサイコレズ的キャラは好きではないのですが、今日もまたかつて子供だった私に大きな衝撃を与えた海王みちるのように、ティーンエイジャーの心に深い爪痕を残すキャラがアニメで活躍していくのかなあと思うと少し嬉しいですね。

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