共謀する前のハチドリさんのお話

 イライラした態度を隠そうともせず、ハチドリは足元に転がっていた石ころを蹴り上げた。
 軽く蹴ったように見えた石はものすごいスピードを上げて飛距離を伸ばし、半壊したビルに残っていたガラス窓を割った。
「ちょっと、また余計な破壊行為をしないで」
 私がその行動を咎めて少し荒い声を出すと、ちらっとだけこちらを振り返ってハチドリは舌打ちをした。
「キバ、うるさい」
「うるさいって、私はあなたのペアとして注意をしただけでしょう」
「ねー、それよか魔獣ってもういないの?歩いてるだけなのって飽きたんだけど」
 トリとして覚醒をして少し慣れた頃、CAGE本部から言い渡されたのがこのハチドリとのペアを組むことだった。
 研修の時点ですでに問題ばかりを起こしており、それでも条件付きでと警備部隊に配属されることが決まったと聞かされた。
「こんなところ、バイクで回れば一瞬で終わるのになんでわざわざ歩かされてるわけ?」
「それは……CAGEにバイクが配備されてないからじゃないの。それに歩哨でそこらに潜んでるかもしれない魔獣を見つける意図もあるんじゃない」
「いるの!よく探したら隠れてるのかな?」
 魔獣、という言葉を出した途端に露骨に興味を示して私の方へと寄ってくる。
 キラキラと楽しそうな笑顔を向けるこの顔を、私は以前から知っていた。

 八戸マリアとは地元の不良グループにいたときに出会った。
 家庭に問題があるような連中が夜中に抜け出して繁華街でつるんで、中にはケンカや窃盗なんかをしたりする。しょうもない社会への憂さ晴らしをしてるつもりになるような集団だ。
 一方で八戸マリアはどこかの高校に通っている風ではなく、どこで暮らしているのかもわからないでどこかからふらりと現れふらりと一人でどこかにいく、根のない草、糸の切れた凧のような人物だった。
 私とマリアが出会ったのはグループの一人が通行中の高齢者からバッグをひったくりしてきたのを自慢していたときで、突然背後からそいつのことを飛び蹴りし、持っていたバッグを取り返した。
「つまんないことしてんね。あんたたち」
 ひったくりの実行犯はそこそこ体格のいい男子高校生だったが、背後からとはいえたったの一撃で失神させられしまったのを見て他の連中はざわ……と一歩後ろに退いた。
 捨て台詞とともにマリアが立ち去ろうと背中を見せたときに、実行犯の友人の一人がてめえ、とお決まりのセリフとともに殴りかかったのだが、マリアは眼光鋭く簡単にその攻撃をかわし、同じく一瞬でそいつをのしてしまった。
 半端な不良だった私はそれをただ呆然と見ていたが、とりあえず戦意がありそうなやつを全員ぶちのめしてからこちらを見て「あんたはやんないの?」と挑発をしてきた。
 私はぶんぶんと首を横に勢いよく振ったが悠然とマリアは近づいてきて、目の前で顎を斜めに振って「あれって何?」と質問してきた。
 そこには不良仲間の一人がどこかからか調達してきたピカピカのホンダのホーネット250が立てられていた。
「え?バイクのこと?」
「うん。これ、乗らせてよ」
「乗るって。免許とかあるの?」
「ないけど、乗れるっしょ」
 私が止めるのも聞かずに勝手にそのバイクにまたがると(なおその時、ひったくり被害から取り返したおばあちゃんポーチを斜めがけしていた)、刺さっていたキーを捻って勝手にスターターボタンを押してエンジンをかける。
 しばらく右手をひねってエンジンの空ぶかしをしていたが、急にばっと私の方を見て言った。
「これ、どうやったら動くの?」
 そこで私は左手のレバーを握って足元のクラッチを変速させることやブレーキの場所なんかを説明したが、全部聞いてもはぁーみたいな反応だった。
「わ、わかりましたか?」
「わかんない」
「じゃあ危ないんでもう降りて……」
 私が言おうとした瞬間、急にエンジンの回転数が上がってバイクの車体が立ち上がった。
 何が起きたかわからなかったが、次の一瞬にギャーーーーと嫌な音がして車体の側面が道路を擦った。
 あまりにも派手な転び方に立場も忘れて私が駆け寄ろうとしたが、なんということかマリアは自分の体が投げ出されるよりも先に車体から飛び退き怪我一つしていなかった。
「これ!おもしろい!絶対に乗る」
 ピカピカだったホーネットのタンク部の塗装には哀れにも斜めの擦り傷はついたが転び方は良かったようで、普通にそれからも乗車が可能らしかった。
 再びバイクにまたがるマリアに急発進しないようにコツをいくつか教えると、先程までの気の抜けた返事は嘘のように数回のチャレンジであっという間に乗りこなすことができるようになっていた。
「んじゃ。これちょっと借りとくんで持ち主の人に言っておいて」
「か、借りるって。そんな」
「2日くらいしたらここに返しに来るから」
 その言葉通りに律儀にマリアはバイクを返しに来た。
 返ってきたバイクは気のせいか更に傷だらけになっていたようだったが、それでも律儀に返そうとしてきたのは彼女なりの美学というか、独特の倫理観があるのだろうと思った。

 今思い返してみると「HORNET(ホーネット)」というのは「スズメバチ」という意味のバイクだったわけなので、トリになった今にコードネームとして「ハチドリ」と言う名前がつけられているのはなんとも奇妙な運命のようなものを感じる。
 その後、トリとなって再び彼女に会ったとき、もしかしたらと思って自分のことを尋ねてみたのだが返事はすげないものだった。
「私のこと、覚えてない?」
「えー?誰?」
 当然と言えば当然の結果ではあったが、それでも私としてはそれなりにショックは大きかった。
 CAGEがそれを狙っていたのかどうか知らないが、同じくトリとなった私を元八戸マリアと組ませてくれたというのは何か思うところがあったのではないだろうか。
 例えば少しでも以前の記憶に残っている私が彼女とペアになることで、彼女のこの奔放すぎる凶暴性を抑制することができるのではないか?と。

 だけども八戸マリア改めハチドリは、全くそんなことも気にしていないのかペアになってからずっと破壊行為にだけ明け暮れている。
 私との会話もそのほとんどが噛み合わず、興味を示すのは魔獣討伐をすることができるかどうかと、バイクの話だけ。
 私が先程適当に言ったどこかに潜んでいる魔獣に期待をしているのか、さっそくあちこちを走り回っては瓦礫の下を確かめるために動き回っていた。
 本来の巡回ルートは片道約5km程度だろうが、ハチドリはその数倍は距離をかけて駆け回っている。
 まあこのルートは以前通ったときには敵も少ないし、比較的楽に戻ることができるはず……と思っていたところだったのだけれど。
「ねえ、キバ。あれって何?」
 急にハチドリが立ち止まり、少し遠方の崩れた建物の中を指さした。
 そこには魔獣らしき黒い影がいくつか動いているらしかったが、どうも様子がおかしい。
 通常は魔獣は知性も理性もなくこちらの姿を見れば襲いかかってくるものなのだが、そこにいる魔獣たちはそういったモノとは少し違っていて。こう表現するのが適切かわからないが、何らかの知的活動をしているかのようにも見えた。
「魔獣がいっぱいいる!倒しに行こう!」
「ま、待って。これってもしかして、いや。そんなはずは」
「ねー、何ごちゃごちゃ考えてんの?早く行こうよ」
「ダメです。これはもしかしたら重大なCAGEとの交渉材料になるかもしれません」
 私は慎重にネットワークから切り離されていることを確認してその様子を撮影した。
 ドキドキと胸が高鳴るのを感じる。まさか、こんなチャンスが巡ってくるなんて。
「魔獣を倒すのがあたしたちの任務なんでしょ?何がしたいの?」
「これは、CAGEが私達トリに隠している重大な秘密かもしれないんです」
 同じようにワクワクしてくれることをほんの少し期待をしたが、ハチドリは全く興味がなさそうに首を傾げた。
「それってなんか意味があるの?」
「あります。私は前々からCAGEという組織を完全に信用しているわけではなかったんです。きっと何か秘密があるはずなんだと思ってて。その証拠を今つかむことができるかもしれないんです」
 その言葉にむっと眉をしかめたハチドリを説得するように私は肩をゆすった。
「あなただってCAGEには不満があるでしょう?このことはこれから私達の処遇を良くしてもらえるように使えるカードになります。今あの魔獣を倒すこともできるでしょうが、そうしたら証拠を消すことになります。ギリギリまで黙っておくべきです」
 私が最後まで言わないうちにハチドリはパシっと手を振り払った。
 つかつか、とまっすぐに魔獣の集会の方向に歩き出す。
「待って!ダメ!」
「あんたさ。やっぱりつまんないやつだったね」
 え……。
 私がその言葉に一瞬血の気が引くのを感じたのと同時に、ハチドリは武器のハンマーを振りかぶってその集会へ飛び込んでいった。
 奇襲を受けた魔獣は混乱をしたようだったがすぐに体勢を立て直してハチドリに攻撃をしてくる。
 気が付かなかったが周囲には想定していたよりもずっと敵の数が多い。
「あはははは!もっと!もっとだよ!」
「……っ!ハチドリ!死にたいの?!」
 後から駆け寄りながら遠距離で細かく援護射撃をしていく私の存在を全く気にもしないように、ハチドリはその場の跡形もなくなるほどに徹底的に魔獣を倒し、建物を壊した。
 あまりの死骸の多さに吐き気を感じながら自分の数メートル前で魔獣の返り血を拭いながら次々に破壊行為を繰り返すハチドリの姿を見て、私は本物の【狂気】に触れたような恐怖を感じた。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 攻撃が止んだことを確認してその場に呆然と立ち尽くしていると、傷だらけになりながらハチドリが私のもとに戻ってきた。
 足を軽く引きずるようにしており、見た感じで深い傷を負っていることがわかる。
 そんな状態になりながらも満足そうに笑っているその顔を見て、私は全てわかってしまった。
「ハチドリ、ペアは解消しましょう」
「あっそ。わかった」
「あなたには、とてもついていけません」
 違う。
 あなたを受け入れられるような器を私は持っていません。
「歩けますか?本部まで数kmはありますよ」
「どうかな。途中で寝てもいいなら」
 強気な言動は変わらないが、体には相当ダメージを受けているのだろう。気を抜いたらこの場にも倒れて眠りだしそうにも見えた。
「CAGEに連絡をして迎えに来てもらいます」
「うん」
「それと、あなたを隔離するように元ペア相手として申請します」
「はっ!ご自由に」
 一応写真は撮ったが証拠が全て消えたのだから交渉も何もない。
 中途半端な報告を見てCAGEがどう思うかはわからないが、こうなってしまった以上は何らかの説明をしなければいけないだろう。
 ドサ、という音がして振り向くとその場に腰を落としてハチドリがうつむいた。
 一瞬そのまま死んでしまうのかと思ったけれどもそんなことはなく、顔を近づけると無邪気な寝顔を見せていた。
 あなたが八戸マリアでもハチドリでも、私の存在なんてその程度のものなんですね。
 ぎゅっと奥歯を噛み締めたとき、背後から収容車が到着したライトを照らした。

 その後ハチドリとは一度も顔を合わせなかった。
 噂では傷の回復をさせないまま隔離室送りになったそうだが、どうしているのだろうか。
 私が見放したことでもしかしたらもうハチドリはトリとしての命も奪われてしまうことになるのかもしれない。
 でも。
 あのキラキラと輝く瞳を思い出すと、どうしても彼女のことを悪く思うことはできなかった。
 多分、私はきっと。
 いや、そんなことを今考えても仕方がない。
「もう少し長く、生きていてほしかったな」
 私とは絶対に重なることのない気持ちだった。
 彼女と心を重ねることができる人がこの世にいるのであれば、もっと早くに彼女に出会ってあげてほしかった。
 神様。
 もしこの世にいるのなら、彼女を、彼女の純粋な魂をお守りください……。
「元警備班、キバタンだね」
 不意にかけられたゆっくりと声に振り向く。
 そこには黒ずくめの怪しい目をしたトリが一人、ゆっくりと剣で弧を描きながら近づいてきた。
 私は目を閉じて、自分で招いた運命を胸に受け入れた。

【Fin.】

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